中小企業魅力発信月間 「次世代への支援」オンラインイベント 家業後継者(アトツギ)を応援する二大団体が語る Withコロナ時代の中小企業経営戦略

中小企業庁が定める「中小企業の日」である2020年7月20日、オンラインイベント「家業後継者(アトツギ)を応援する二大団体が語る Withコロナ時代の中小企業経営戦略」が開催されました。
70名以上の視聴者が見守る中、家業後継者を応援する2団体それぞれの「顔」ともいえる、一般社団法人ベンチャー型事業承継 理事の山田岳人(ジャック)氏、家業イノベーション・ラボ 共同運営者である宮治勇輔氏をゲストに迎え、家業後継者特有の悩みやイノベーションの起こし方、危機の乗り越え方などをテーマに活発なトークが展開されました。

2017年の秋に、宮治さんのNPO法人農家のこせがれネットワーク、NPO法人ETIC.とともに「家業イノベーション・ラボ」を立ち上げ、2019年にはジャックさんが理事を務める「一般社団法人ベンチャー型事業承継」への協賛を開始したエヌエヌ生命。同社 事業開発部長である遠藤は、冒頭の主催者挨拶でこう話しました。
「『中小企業サポーター』を掲げるエヌエヌ生命は、特に『次世代への支援』に注力し様々な取り組みを行っています。日本の会社の99%を占め、日本の活力の源泉とも言われる中小企業の多くは家業であり、次世代へのバトンタッチは非常に重要なタイミングのひとつであると認識しています。
中小企業の日でもある本日、次世代を担う家業承継者の皆さん、また、興味・関心を持ってくださる皆さんに、有益な時間を提供できないかと考え、このようなイベントを企画しました。」

山田岳人(ジャック)氏
今年創業83年を迎える株式会社大都の代表取締役社長。大学卒業後、株式会社リクルートに入社。1998年、28歳で妻の実家の家業を継ぐために退職、戦前より大阪の地で工具店、工具卸を営む株式会社大都へ入社。2011年、42歳で代表取締役に就任。既存事業は卸業であったが、今や「DIYのAmazon」と称されるほどEコマースのリテールビジネスに大転換を成し遂げた。2018年には、「後継者も起業家たれ」というスローガンを掲げる「一般社団法人ベンチャー型事業承継」の設立に携わり、理事を務める。

宮治勇輔氏
NPO法人農家のこせがれネットワーク 代表理事 
株式会社みやじ豚 代表取締役社長
1978年、神奈川県生まれ。代々農家を営む農家の長男として生まれたが、慶應義塾大学を卒業後、ベンチャー起業を志して2001年に株式会社パソナに入社。起業や経営について学ぶうち、自身の家業である農業へと心が動き2005年に同社を退職、実家へ戻って株式会社みやじ豚を設立、代表取締役に就任。2009年にNPO法人「農家のこせがれネットワーク」を設立し、農家の後継ぎ候補者(こせがれ)への情報提供や啓発活動を開始。著書に『湘南の風に吹かれて豚を売る』(かんき出版)がある。

―――さまざまな承継のカタチ お二人の場合

ジャック(以下、ジャ):
「妻が一人っ子でしたので、結婚イコール、2代目である義父の事業を継ぐということが明確でした。ただ、僕の場合は苗字を変えない形での承継なので、仲間内では、サザエさんにおけるマスオさんをなぞり『マスオ型事業承継』と呼んでいます。
経験したことのない業種、業態でしたから、入社した当時は大きな戸惑いや葛藤がありましたし、やり甲斐や面白みを見出せない時期もありましたね。それでも、模索し続けるうちに、徐々に自分らしいやり方を確立していきました。社員全員をイングリッシュネームで呼び合う、というのもその一つです。会社では誰一人、僕を“社長”とは呼ばず、“ジャック”と呼びます。敬称もありません。その方がフラットで、仕事もやり易い。皆、入社後の最初の仕事はイングリッシュネームを決めることなんです(笑)」

宮治さん(以下、宮):
「僕の場合、父のやっていることをそのまま継ごうとは考えていませんでした。どうせ継ぐなら、農業の持つイメージの3K(キツイ、汚い、稼げない)を、新しい3K(カッコいい、感動できる、稼げる)に変えてやろうと。
会社員時代、農業が抱える2つの問題に気づいたんです。ひとつは、農家の名前が消されて流通していること。もうひとつは、価格の決定権が農家にないこと。その頃から、どんどん農業への関心が高まりました。
大学生の頃、友達を招きバーベキューをした際、美味しい美味しいと食べてくれた友人たちから『お前のところの豚肉、どこで買えるの?』と聞かれたんです。恥ずかしながら、僕は家の豚肉がどこで買えるのか知りませんでしたし、父に聞いても、曖昧な返事。思い返してみると、それが原体験なのかもしれません。
今は、父と弟に生産を任せ、僕は営業販売やプロデュースなどに注力していますが、家業に入り、新しいチャレンジをする時には、父から猛反対を受けましたし、喧嘩もたくさんしましたね」

―――新型コロナウイルス感染拡大におけるビジネスへの影響

ジャ:「新型コロナウイルスの感染拡大が懸念されはじめ、皆さんが外出を控えるようになったタイミングから、社会全体の消費の50%以上がEコマース(通販)に動いたそうです。現在、我々の事業の売り上げは、Eコマースがほぼすべてとなっていますので、数字としては、3月から4ヶ月連続で過去最高を記録しました。外出自粛に伴う、家での過ごし方への意識変革や、ガーデニングやDIYが注目されたことが追い風となりました。
業務自体も、3月からリモートワークをスタートし、5月には本社サイドは100%リモートが実現しました。もちろん、外注している物流センターの皆さんのお陰で成り立っている状況です。
現在の話だけをすると、ものすごく順調に聞こえますが、実は、去年は大いに苦戦を強いられました。長年、大赤字であった実店舗を閉鎖したり、住まい向けアプリから撤退したりと、かなり苦しい時期でした。たくさんの苦渋の決断を経て、Eコマースにシフトすると舵をきったところでしたので、偶然ではありましたが、(このような状況下への)準備はできていたのかもしれません」

宮:「一般的に、豚農家ではすべてを農協に卸し、相場と規格によって、全量買い上げられる仕組みとなっています。それに加え、僕の会社では、いくつかの問屋さんとつながっていて、うちの豚肉がストックされる仕組みを作っています。“みやじ豚”という豚肉のブランド化を計ることで、エンドユーザーへの認知度を高め、購買へと繋げます。そして注文を受けたタイミングで、問屋に発注する。つまり、僕の会社のような規模で、直営店を持たなくても、食肉の加工から物流までを外注することで販売が可能になるのです。しかも実際に注文が入ってから問屋に発注しますから、ロスはゼロです。
コロナ禍においては、売上の多くを占めるのが飲食店への卸しということもあり、4月単月の売り上げは8割減となりました。今後、どう事業を進めるべきか、仕事仲間や家業イノベーション・ラボでお世話になった先輩経営者たちに相談もしました。すると、いくつか共通する答えがありました。

1、できるかぎりキャッシュを集める

2、選択と集中をはかり、勝負できるところに経営資源を投下する

3、コロナ渦に準じた経営計画を策定しなおす

きっと誰もが、当然Eコマースをやるしかない、という結論に行き着くのだと思いますが、色々と考えた末、僕はこれまで通り、飲食店の方たちと共に歩んでいきたいという結論に至ったんです。そして、その想いを手紙にして、取引先である飲食店の皆さんに送ったところ、先方から次々と嬉しい反応をいただきました。6月の時点で、数字的には6、7割が戻ってきた感じです。」

―――家業承継者とイノベーション

宮:「家業イノベーション・ラボは2017年に発足しました。“家業×自分らしさ”を大切にしながら、オランダへのスタディ・ツアーや全国でのイベント、星野リゾート代表の星野さんをお招きしてのセミナーなど、この3年間でさまざまなチャレンジをしてきました。
後を継ぐと言っても、承継にはさまざまなパターンがありますし、継いだとしても、すでに先代のビジネスモデルが賞味期限切れであることも多い。その場合、時代に合う形でビジネスモデルを変えていかなければなりません。つまりイノベーションが求められるのです。イノベーションにはさまざまな定義がありますが、コラボレーションすることにより、イノベーションのヒントが得られるのではないかと、僕たちは考えています。そして、そこで必要とされるのが、「腹を割って話し合える関係性」であり「場」なのだと。
家業イノベーション・ラボでは、事業ブラッシュアップ会や、Facebookグループを利用したオンラインコミュニティなど、多様なニーズを反映したオンラインイベントを実施しています。将来的には、ビジネスマッチングなども促進させたいと考えています。」

ジャ:「この2年、僕たちベンチャー型事業承継は単なる後継者の集まりではなく、起業家のように、新しい価値を世の中に届けていく、というスタンスで活動してきました。オンラインサロンやセミナーに加え、全国に40名ほどのメンターがいますので、その方々に直接相談する機会もあります。
実際に、家業から新しいサービスをつくり、クラウドファンディングで資金を集め、事業化を図るといったアクションも起こっています。先ほど宮治さんもお話されましたが、イノベーションは、コラボレーションから創出されやすいですから、複数社で連携した事例もあります。例えば、靴工場の跡取りと西陣織関連の跡取り同士がコラボレーションをして、西陣織の靴を作ったり…。
業界の常識は、世間の非常識である場合も多いので、異業種間でのコラボレーションは大いに価値があると思います。そもそも後継者の大半は、自分がやりたいと思う事業からスタートできる人はほぼいません。だったら、今の仕事を好きなことにするしかないんです。そのマインドチェンジができるといいですよね」

―――家業を継ぐ際に味わった葛藤

ジャ:「繰り返しになりますが、僕の場合は、それまでに経験したことのない仕事でしたから、大変戸惑いました。モノを売ることの難しさも痛感しましたし、何より業界の体質が古かった。2,30年くらい変わっていないんです。
一方で、会社が存続しているということは、社会に必要とされてきたという事実でもあるので、“何か必要とされることがあるのだ”と後付けし、やる気に変えていました。
その当時は、僕らがやっているようなコミュニティなどありませんでしたから、本を読み、とことん考えました。そういう意味では、今はすごく恵まれていますよね。」 

宮:「やりたくないことをやらなくちゃいけないのは、後継者の宿命ですよね。僕は、父と同じことをするのが嫌だったので、まず、農業の定義を変えてみようと思ったんです。
生産から出荷までという一般的な定義ではなく、“生産からお客さんの口に入るまでのプロセスを一貫するのが農家だ” という風に再定義したんです。そう考えると、一気に家業が魅力的になりました。つまり、自分がやりたいと思えるよう、事業ドメインをかえてみることが大事だと思うんです。」

―――家業後継者を待ち受ける負債、組織の歪み、古参社員による抵抗 

宮:「すべて、後継者の責任です。親の責任でもありません。自分の内側と目の前の事業、そして社会、それらととことん向き合うしかありません。逃げ道はない。いわば背水の陣ですよね(笑)。だからこそ、自分で面白くするしかないんです。」 

ジャ:「負の遺産は飲み込むしかないですよ(笑)。誰かのせいにしても、何も変わりません。無駄です。だったら、どうしたらこの事業を好きになれるか、どうしたら社会に価値を提供できるかを考えた方がいい。
組織内での苦労も同じで、すでにある組織のなかで、若い自分がリーダーシップを発揮しなければなりません。世代によって価値観も違います。社長に就任する前のことですが、僕自身、古参社員の皆さんに退職金をお支払いし、やめてもらうという経験をしました」

―――家業後継者の皆さんに、いま伝えたいこと 

宮:「僕の場合は、会社自体が家族だけで構成されていましたから、最初は農業の定義を変えることに親の猛反対を受けました。何度も話し合うことで、説得しました。でも案外、こういったモヤモヤは、後継者同士で話すことによっていいアイデアが湧いたり、解決したりしますよね」

ジャ:「僕は、そもそも前提として、継ぐことがすべてじゃないと考えています。まずは、家業としっかり向き合うことが大事だと思うんです。なかには、何が何でも新規事業をやらなくちゃ、といったプレッシャーを感じている人も多い。でも、まずは事業を本気でやってみてから考えることが大切だと思います」

開始と同時に、視聴者からの質問や感想なども紹介しながら、双方向にイベントは進み、二人からの熱いメッセージで締めくくられた「中小企業の日」の家業後継者応援イベントとなりました。