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新しい手法で産地を盛り立てる 合同会社プロトビ 代表/玉川幸枝さん

2019.9.10

戦後の高度経済成長期の建築需要の高まりに伴い、建築資材用タイルは良質な陶磁器の土が採れる多治見市や土岐市など東濃地区を中心に製造されてきた。タイル製造と共にあるタイル用釉薬の製造企業もこのエリアを中心に20社ほどあり、瑞浪市の『玉川釉薬』もその一つである。釉薬とは、陶磁器の表面に付着させるガラス質の層のことで、素地に水や汚れが浸み込むことを防ぐと共に、さまざまな色や質感を意匠的に表現する“うわぐすり”だ。この釉薬を作るための材料の配合は各社に独自のレシピがあり、それらが表に出ることは少ない。そう、釉薬を手がける会社はタイル業界では黒子的存在。その業界の常識を覆そうと地元・瑞浪市に戻り、新たな取り組みを始めた人がいる。『玉川釉薬』を家業に持つ玉川幸枝さんである。

厳しい業界だからこそ、自分らしさを加えて盛り立てたい

 幸枝さんが2014年に起業した『合同会社プロトビ』は、2017年に東京から家業のある岐阜県瑞浪市に拠点を移し、オーダーメイドタイル事業であるタイルブランド「TILEmade(タイルメイド)を立ち上げた。本来、釉薬はタイルメーカーのオーダーによってオリジナル色を職人一人ひとりが作り出すものだが、幸枝さんはエンドユーザーの個別の要望に対応する、世界でただ一つのタイルを製造し、販売する。この業界初の取り組みを始めた幸枝さんに家業との関わりについておうかがいした。

TILEmadeを立ち上げたそもそものきっかけは、家業の玉川釉薬を何とかしたいとう想いからでした。タイルの生産量は、ちょうど玉川釉薬が創業した平成3年をピークに現在はその約5分の1で、業界そのものがかなり厳しい状況です。そこで、私は玉川釉薬そのものを引き継ぐのではなく、自分らしく家業にプラスとなる方法はないかと考え、直接、お客様にタイルを販売する仕組みを作りたいと思いました。玉川釉薬はタイルメーカーに釉薬を卸しているので、どんな方がタイルを購入されているかわかりません。だから、エンドユーザーと向き合った商売がしたいと思いました。もう一つは、タイルのサンプルを作るために職人は20色くらい試作を行うのですが、それで採用されるのは1色だけで、不採用となった19色は使われることがありません。でもその19色のタイルが欲しいというお客様はきっといるはずと思い、個々の要望に応えるタイルを販売しようと始めたんです」

幸枝さんが初めて『玉川釉薬』の仕事に携わったのは大学2年生のとき。母が体調を崩し、父から姉と共に2年間だけ手伝ってくれと頼まれたそうだ。大学を中退した幸枝さんは、毎日会社に出勤はするものの、仕事に対して前向きに取り組めない日々が続いたという。そんな幸枝さんの意識を大きく変えたのは、2006年に参加したNGOピースボードでの世界一周だった。総勢1000人ほどの日本人が乗船する中、同世代の若者は200人ほど。彼らと行動を共にした幸枝さんは、まさに世界を舞台にさまざまな企画を立て実行していったそうだ。たとえば、洋上での大運動会や、スペインのサクラダファミリアの前で沖縄の伝統舞踊であるエイサーを踊るなど。そのときに幸枝さんは何かを作り出すことの楽しさを知り、このことが後に幸枝さんを企画者、プランナーとして自立していく礎となった。

 

興味のある分野に飛び込み、小さな経験をたくさん積む

そして、帰国後、幸枝さんが始めたのは「ゴミ拾い」のボランティア。全身タイツでごみを拾う「ゴミ拾いレンジャー」は、一見“つまらないと思われがちなことを面白くする”という思いから生まれたものだ。徐々に活動規模も賛同者も広がっていき、ここでもたくさんの仲間と知り合うことができた幸枝さんは、さらにこのボランティア組織で世界を変えたいと思うようになる。そして、2009年、NPO法人グリーンバード名古屋チームを立ち上げたが、この活動を通して幸枝さんの意識にまた少し変化が生まれてくる。

 「私はこのボランティア組織で“あなたは世界をどう変えますか?”と問うてきたはずなのに、いつの間にか、まわりが“私”を応援したいと言ってくれるようになりました。悩みを相談した先輩たちから“東京に行ってみたら?”“もっと世界を見てきなさい”といわれ、私自身も進化しないとこのままではただのゴミ拾い活動だけで終わってしまうという危機感もあって、まずは自分がパワーアップしなくてはいけないと思い、東京行きを決めました」

 いざ、東京に出てからは、週2回の議員秘書のアルバイトから始まり、人材育成や地域活性化、若者と政治を結ぶプロジェクトなどに携わり、最後はプロジェクトマネージメントまで難なくこなすまで実力をつけていった。「もう稼いでいける」と確固たる自信を得た幸枝さんは『プロトビ』を起業する。

 「起業後は漠然と人材開発やファシリテーションなどの事業をやっていこうかなとは思っていましたが、具体的には全然決まっていなかった。でも、当初から“モノづくりを応援したい”という想いはありました。それを周囲に伝えていたら、全国のモノづくり工場を取材して小冊子を作るという仕事をいただけたんです。それが最初の仕事ですね」

 会社も少しずつ軌道に乗ってきたとき、想定外の出来事が起きた。家業を継ぐはずだった義理の兄がドロップアウトし、代わりに姉が職人になる道を選んだのだ。

「そのときに、家業を誰かに任せたいと思ってきた考えが甘かったなと思いました。それに楽しく仕事をしてきた私の東京ライフは、家業がしっかりあるから成り立つものなんだと改めて思ったんです。このベースがガタガタすると一気に崩れてしまうと気づいた。私が瑞浪に戻ったのは自分のベースを整えるため。姉が一人で家業を支えるのではなく、私も姉のそばで一緒に家業と関わっていくと覚悟しました」

 

 


 

周囲への感謝は忘れず、アドバイスは素直に聞き、自らの糧とする

現在、『玉川釉薬』には、幸枝さんの姉が父のあとを継ぐ職人として、妹が母を支える事務方として入り、家族一丸となって家業を盛り立てている。一方、幸枝さんは別会社を立て、玉川釉薬とパートナーとしてタッグを組む体制を選んだ。故郷に凱旋するときにはタイルブランド設立に向けてクラウドファンディングで資金を募り、両親はもちろん、周囲の人たちに向けて、以前のような片手間で家業を手伝うのとは違う“本気度”を示した。

 

「父は私のやっていることについて何も言わずに応援してくれています。私の話を“よくそんなことが思いつくな”って面白く聞いてくれます(笑)。母は悩んだときにいつも相談に乗ってくれます。そして一番は、姉と妹の存在が大きく、特に職人として働く姉とは互いに励まし合ういい関係です」

ここ最近のタイルのトレンドは「色ムラ」や「ハンドメイド感」。その市場のニーズとマッチした「TILEmadeは、建築家や商業店舗のオーナーだけではなく、一般の方から新築用、リフォーム用にと問い合わせが入るほど人気になりつつある。さらにタイルの魅力を訴求する足掛かりになればと始めたタイルのアクセサリーも順調で売り上げに大きく貢献しているというが、幸枝さんは「アクセサリーはあくまでもPR商品という位置づけ」だという。

「釉薬の出荷量を増やすことが最大の目的なので、メインは建築資材用タイルです。でも、こうして少しずつ認知度が広がっていくことは本当にありがたいことです。これもすべて育ててくれるお客様や、周りの人たちの貴重なアドバイスがあってこそですね」

「これから家業を継ぐべきか悩んでいる方は、一度、東京に出てみるのもいいかもしれません。確かに、家業は血縁者の繋がりや歴史、従業員への責任など難しいことはたくさんありますが、家業を継ぐ方法はいくつもあるし、気負わずにやってみたらいいと思う。まずは一歩踏み出すことが大事だと思います。

あとはすごく近しい人で物事を広く捉えられる人に相談するといいですね。自分では考えつかなかったようなアドバイスをもらえるかもしれないし、自分にとっては天地がひっくり返るような出来事も『大したことない』って思わせてくれるんです。そういう人たちが身近にいるといいですね。私にとっては同じような環境に身を置く人たちが集まる家業イノベーション・ラボは大好きな場所で、そこでいろいろな方とお話すると前向きになれるし、たくさん刺激を受けます」

地元のアイコン的存在になること目指して

『プロトビ』の事業は「TILEmade街づくりプロジェクトの二つで成り立っている。友人の勧めもあって参加したリノベーションスクールで街づくりの手法を学び、最近では街づくりプロジェクトが占める割合も増えてきたそうだ。近々、リノベーション物件を初めて手がけるそうで、そこでは念願だったタイルも使用する予定だという。「以前はタイルと街づくりが結びつくとは考えてもいなかった(笑)。最近、やらなくてはいけないことと、好きなもの、やりたいものは自然とつながるものなんだなって思うようになってきました」と幸枝さん。

 最後に『玉川釉薬』のように家業が産地として重要な役割を担うことについて、幸枝さんはどう思っているのだろうか。

「以前、小冊子の取材で『大事なのは産地でスター企業を作ることだ』とお話してくれた方がいたんです。それを聞いて、私はなるほどと思いました。私も地元のみんなと手を取り合って盛り上げたい気持ちはありますが、まずは自分がちゃんと利益を出して会社を経営していくことが大事だと思っています。私は産地のアイコンになることが夢なんです。そして、この人といたら面白そう、この人がいる産地は面白そうというものを作っていくこと。その中でTILEmadeのブランドもしっかり育てていくことが大切だと思っています」

今後は釉薬の配合レシピのすべてをデータ化し、最先端の技術と掛け合わせていくことも考えているという幸枝さん。エンドユーザーの要望に応えられる優れた技術をもっと世の中に広げていくこと、無機質なタイルの11枚に熱き職人たちの想いが宿っていることを伝えていくことが使命と、今日もチャーミングな笑顔と共に東へ西へと忙しく駆け抜ける。

 

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