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日本で一番愛用されてきた彫刻刀から生まれた新感覚アート 。120年続く刃物メーカーが挑む価値と文化と需要の創造。

2020.2.20

「彫刻刀」という言葉に懐かしさをおぼえる人は少なくないでしょう。小中学校で手にした思い出が、誰にでもあると思います。この記事でご紹介するのは、学童用彫刻刀のシェア日本一を誇る岐阜県関市の義春刃物株式会社。同社の彫刻刀は、日本全国で厚い信頼を築いてきた逸品です。長い歴史と実績のある企業が挑む新たな挑戦とは。その立役者である海外営業企画課課長の田中淳也さんにお話を聞きました。

日本中の子どもが手にする伝統製法の彫刻刀

 義春刃物の創業は120年以上前に遡ります。ノミやカンナなど宮大工の道具づくりからスタートした刃物メーカー。昭和のはじめに現在の関市へと拠点を移しました。鉄の入手が困難だった戦時中から、主力製品を小型の刃物へとシフトさせ、とりわけ学童用の彫刻刀に力を入れるようになります。彫刻刀は、全国の学校で使われる安定した需要が見込めるもの。徐々に市場を広げ、現在まで長年にわたってナンバーワンのシェアを維持し続けています。同社の彫刻刀は、価格面では海外製のものなどに比べて決して安価ではありません。それでも「やっぱり義春刃物のものがいい」と選ばれ続ける理由があります。

「彫刻刀は切れ味が良いほど、使いやすくて安全です。その点、彫刻刀のクオリティには自信があります。違いが出るのは刃先を羽布で仕上げる作業です。当社には、丁寧に刃を磨き上げられる人が何人もいます。さらに、こだわりすぎだと思えるほどに品質に妥協しない検品体制が、文化として根付いているんです。製品へのクレームはほとんどありませんよ。かといって、時間とコストをかけすぎないように、独自の機械を導入するなど効率的な生産の仕組みも整えています。技術力、生産力ともに簡単には真似できない力は当社の誇りだと思っています」と語る田中さん。

少子化時代に新たな需要を模索して…

 「義春刃物の彫刻刀は良い」という口コミが先生から先生へと広まり、営業に力を入れなくても、毎年一定数の注文が自ずと入ってくる状況が続いてきました。しかし昨今、少子化が不安材料になっています。子どもの数が減れば、学校で必要とされる彫刻刀の需要も少なくなる。後継者である田中さんは、次世代に向けた新しい事業の可能性を模索し始めました。

 「中国、アメリカで物流や金融の仕事を経験して、約8年前に家業を継ぐために戻ってきました。ただ、少子化によって彫刻刀の市場はどんどん小さくなる未来が見えていて…このまま事業を縮小するのでは、夢がないし面白くもない。なにか挑戦をしようと考えたんです」。

 田中さんはふたつの方向性で新しい事業を考えました。ひとつは「彫刻刀製造の技術を転用した新製品の開発」、もうひとつは「彫刻刀の新しい需要の創出」。

 最初に挑戦したのは、彫刻刀づくりの技術を使ったキッチン用品の開発でした。クラウドファンディングを利用し、海外での販売を目指したそうです。しかし、マンパワーの問題もあり販路を切り拓くに至りませんでした。続けて、目を付けたのが彫刻アート。誰もが気軽にできる彫刻刀を使ったアートを生み出そうと考えました。

「まず、アートに使える良い素材はないか、いろいろと彫ってみました。すると、ソフトビニールの怪獣の人形が、彫った感触も彫り跡の風合いも良かった。調べてみると、ソフビを彫るアートは前例もなく、このアイデアを深めてみることにしました。

 第一弾として作ったのは、立体のエイリアンの頭部に模様を彫る「SofViCK(ソフビック)」という製品でした。塗装したソフビを彫刻刀で彫ることで、目や頭に自由に模様が描けます。けれど、これは絵柄を考える大変さや立体を彫る難しさがあり、ほとんど売れず大失敗でした(苦笑)

 それなら、平面に絵を彫ってはどうかと次に考えたのがShine Carving(シャインカービング)です。これが反響もよく、事業として徐々に成長しています」。

 試行錯誤を重ね、ひとつの答えに辿り着いたのです。

 

文化としての定着を目指すシャインカービング 

 まるでステンドグラスのように、窓際でキラキラと光る、幾何学模様や繊細なタッチの絵画。ガラスではなくビニールシートでできた、これがシャインカービング。あらかじめビニールシートに印刷された絵の輪郭の中を彫っていくと、ガラスのような質感になり光を受けて絵がキラキラと輝きます。彫り跡の付け方で個性も出せる、誰でもできる彫刻アートです。開発当初から、社内外で多くの人の興味を引きました。

 「社内で初めて見せた時、『やってみたい!』と食いつく人が多かったんです。従業員が面白がってくれたのが嬉しかったですし、これはいけるかもと自信になりましたね。シャインカービングを広めるために、イベントやショッピングセンターで、ワークショップを開かせてもらいました。そこでも、子どもやお母さんたちが夢中になって彫ってくれる。次第に自分もどんどん楽しくなって、彫刻刀やシャインカービングを商品として売るだけでなく、アートとして浸透させたくなりました」。

 

 こうした流れから、田中さんは2018年に義春刃物とは別会社で、株式会社シャインカービングアカデミーを設立。ワークショップ、商品の販売に加えて、シャインカービングを一緒に普及する認定講師「シャインカーバー」を養成するプログラムもスタートさせました。現在約40名が認定を受け、シャインカービングを広めるために活躍しています。

 今後は、認知症予防プログラムとして介護業界への展開や、シャインカービングを展示するミュージアムの開設など、文化として確立させていきたいと田中さんは意気込みます。

 「すでに熱心なファンになってくれた人もいて、リピート率の高いコンテンツになっています。彫刻刀を懐かしみながら楽しんでくれる大人も多い。シャインカービングの美しさは、彫刻刀で彫ってこそできるものなので、文化としての定着が彫刻刀への興味喚起につながる手応えも感じています」。

 日本中で世代を超えて愛用されてきた義春刃物の彫刻刀を、未来へと受け継ぐための一手。今後の展開にも注目です。

 

後継者の挑戦を後押しする先駆者の存在

 新しい事業へのチャレンジを認めてくれる社長や会長へ感謝も語ってくれた田中さん。

 「キッチン用品、ソフビック、シャインカービングといくつも挑戦をしてきました。明らかに失敗するだろうと思っていても、経営者として経験すべきことだとチャンスを与えてもらえるのはありがたいと思っています。シャインカービングは一事業としてこれからも育てていきますが、ゆくゆくは誰かに委ねて、私は彫刻刀製造をはじめとする全事業をリードしなくてはいけません。当社の誇る彫刻刀への信頼を守りながら、新しいワクワク感も発信していける企業にしたいです」。

 既存の型を破る発想とそれを承認する風土があってこそ、そこに革新が生まれます。長年誇りとしてきた強みはそのままに、進化を遂げようとする義春刃物。親しみを感じる彫刻刀のまだ見ぬ可能性が、まだまだこれから開かれていくかもしれません。

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