【シブヤ大学×家業イノベーション・ラボ】 大人のリベラルアーツ 第3回 「アート」 レポート

渋谷区を中心に大人の学びの場を提供しているシブヤ大学と、次世代の家業承継者たちを支援する家業イノベーション・ラボによるコラボレーションイベント「大人のリベラルアーツ」。第1回は「学びとは何か」をテーマに、文筆家でゲーム作家の山本貴光さんと、同じく文筆家で編集者の吉川浩満さんがナビゲーターとなり、学びとは「部分的な自己破壊とそこからの再構築による成長の過程」だと解説しました。第2回は哲学者・批評家であり、株式会社ゲンロンの創業者でもある東浩紀さんをゲストに迎え、株式会社ゲンロンの経営について考察し、それを私たちに共有してくれました。


最終回となった今回は「アート」をテーマに、西洋美術、現代美術を専門とする美術ジャーナリストの藤原えりみさんをゲストにお迎えし、敷居が高いと思われがちなアートの魅力、楽しみ方をお聞きしました。

アートは日本人が本来持っている好奇心を満たすもの

今回のテーマである「アート」は、一見、中小企業や家業経営には縁がなさそうに感じますが、実は物の見方や捉え方、考え方がイノベーションのヒントになる可能性を秘めています。そこで、ナビゲーターを務める山本貴光さんと吉川浩満さんは、私たちの代表として藤原さんにさまざまな質問を投げかけました。

 そもそも今回のイベントタイトルである「リベラルアーツ」には、「アート」という言葉が含まれていますが、「リベラルアーツ」を意味する自由7科(文法、修辞学、論理学、幾何学、算術、天文学、音楽)に「アート」は含まれていませんでした。なぜなら語源となった古代ギリシャ・ローマ時代は、「アート」を意味する「技術」は知的なものと認知されておらず、教養・知識とはかけ離れた存在だったからです。

 その後、「アート」の価値は大きく見直されるわけですが、それが故に妙な線引きがあちこちで発生し、今も世界各地でアートを巡る議論は勃発していると藤原さんはいいます。

 そんな今回の学びの場で、興味深かったものの1つに「美術館の成り立ち」がありました。 今や、美術館や博物館は都道府県のみならず、市や区、町などに数多く存在していますが、その一方でアートと聞くと敷居が高いと思う人もかなりいると思います。この敷居の高さと感じる要因の1つに、美術館の成り立ちも影響しているのでは?というのです。

 世界で最初に設立されたイギリスの大英博物館は、王侯貴族や知識人たちの個人コレクションを国に寄贈したことに端を発して生まれました。また、フランスのルーブル美術館もフランス革命によって接収された王侯貴族や教会組織が持っていた所蔵品を一般公開するために設けられたものです。アメリカのメトロポリタン美術館は、ニューヨーク市民の運動をきっかけに、実業家として成功した人たちが富の分配として美術品などを寄贈したことから開館に至りました。

このように世界ではコレクションの寄贈や寄付などで成り立ってきた美術館や博物館が多い中、日本は主に国が主導となって建設したものが多く存在しています。東京国立博物館然り、京都国立博物館然り、奈良国立博物館然り……。それがある種、お仕着せのように捉えられてしまい、私たちをアートから少し遠ざける要因にもなっているのかもしれません。

 本来、私たち日本人は好奇心旺盛な人種であり、昔から短歌や俳句、茶道や華道、浮世絵などの芸術文化に親しんできた民族です。そこで、藤原さんはもっと身近でアート(特に西洋芸術)に楽しめるようにと鑑賞に役立つ知識も伝授してくれました。

自分なりにアートを言語化して伝えていくことが大事

そのポイントは2つ。まず1つは、古代ギリシャ・ローマ時代の伝統文化であるグレコ・ローマンです。グレコ・ローマンは、紀元前1世紀中ごろから4世紀初めごろのヨーロッパにおける美術様式を指します。その古代ギリシャ・ローマ時代は、神は人間に似た姿をし、感情や魂を持っていると考えられていました。つまり、人間は宇宙の秩序を受け継ぐ神に近い存在だったのです。そして、常人を超える身体能力を持つ人こそ、神に近いと崇められるようになり、それを視覚的に表現した男性裸体像が数多く誕生しました。

もう1つは、ユダヤ教から派生したキリスト教の教義に基づく考え方です。キリスト教が浸透した中世では、聖書の中に記述がある場面以外、裸体の視覚的造形はタブー視されました。古代ギリシャ・ローマ時代にあれだけおおらかに人間の裸体が賛美されたにも関わらず、その伝統が封じ込められたのです。それだけではなく、古代ギリシャ・ローマ時代は多神教に対し、ユダヤ教・キリスト教は一神教と、神に対する考え方も大きく異なりました。今もこの相容れないものが、ヨーロッパの伝統や文化、思考として引き継がれていると藤原さんは話しました。

「本来、アートは専門の知識がなくても見られるもの。ただ、少し知識を入れておくと見方が変わってもっと楽しめます。そして、アートは映画やダンス、音楽と同じように、自分なりの意見や感想を自由にいえるものです。そうすることで、より多くの人たちにその作品の存在が伝わっていきます。だから、皆さんにはもっと肩の力を抜いて、アートを言語化してほしいですね」(藤原さん)

 藤原さん、山本さん、吉川さんによる軽快なトークを聞きながら、そうか、もっと気楽にアートを楽しんでいいんだ!と思った人も多かったのではないでしょうか。そして、少し利口になった思った人も。大人になってからも、こうして知識が得られることは、実に楽しいと感じた最終回でした。

3回にわたって開催してきた「大人のリベラルアーツ」は、誰もが明確な答えを見出せず、時には自信を失い兼ねないこの時代において必要となる、幅広い教養を与えてくれる場となりました。シブヤ大学と家業イノベーション・ラボとのコラボイベント「大人のリベラルアーツ」はいったん終わりとなりますが、教科はまだまだ残っています。また新たな取り組みがスタートすることを皆さんとともに大いに期待して待ちたいと思います。