家業イノベーション・アイデアソン2020報告会 レポート

2020年8月から全5回約10カ月間にわたり実施してきた「家業×つくば~家業イノベーション・アイデアソン 2020~」(以下、アイデアソン2020)。この取り組みは、茨城県を中心に公募などで選ばれた4名の家業後継者たちの課題を解決するため、応援サポーターたちとともに家業に向き合い、新たなビジネスチャンスを探っていくものとして開催されました。2021年4月に行われた中間報告会では、これまでの経過とともに2カ月後に控えた最終報告会に向けてのアクションプランが語られました。

そして、ついに迎えた最終報告会。果たして、彼らの課題は無事に解決したのか、またそこからどんな未来が見えてきたのか、その様子をレポートしていきます。

創業事業の周辺にイノベーションの可能性がある

2021年6月23日に開催された最終報告会。4名の家業後継者たちの報告の前に、ゲストスピーカーによる講演が行われました。登壇したのは、茨城県を中心に千葉や神奈川、東京など22カ所に拠点を構える株式会社小野写真館(以下、小野写真館)の代表取締役である小野哲人さんです。 小野さんが家業である小野写真館を継いだのは30歳のとき。当時、小野写真館は赤字経営が続いており、いつ倒産してもおかしくない状況でした。そんな中、小野さんがまず着手したのは、下請けから脱却です。自分たちで価格設定権のないビジネスは止め、そして、新たな活路として目を付けたのはウエディング事業と和装レンタル事業でした。しかし、この二つの事業はゼロからのスタートではありません。小野写真館のもともとあったビジネスの周辺の事業と新たなマーケットを掛け合わせることで、家業のアップデートを果たしたのでした。

その後も順調に売り上げを伸ばしてきた小野さんですが、2020年、新型コロナウイルスの感染拡大が事業に大きな打撃を与えました。それは、結婚式や成人式など人が集まることが大前提のビジネスモデルがほぼ成立しなくなったからです。

コロナによって世の中のすべてのルールが変わった今、小野さんはこれまで構築してきたビジネスモデルを壊し、ゼロから作り直すことを決意しました。それは言葉でいうほど容易いものではありません。しかし、今、ここで着手しなければ、会社は生き残れないという大きな恐怖が小野さんを突き動かしました。

小野さんは店舗の出店や移転を行うとともに、不動産事業にも参入しました。そして、2020年には伊豆の高級旅館「桐のかほり 咲楽」をM&Aで買収し、2021年6月にはフォトブックダイアリーアプリ「BABY365」も買収してテック産業にも進出を果たしました。これまでの100%店舗型ビジネス、100%接触型ビジネスからの脱却です。

なぜ、コロナ禍にも関わらず、新規事業への参入やM&Aを行うのか。小野さんは、その理由をこう話しました。

「コロナになって会社の重要な経営課題が浮き彫りとなったからです。これから何があっても衰退しない企業にするためには、今こそ、事業の領域を広げていく必要がありました。当初は『なぜ、うちの会社ばかりが』と嘆きましたし、社会や政治など自分ではコントロールできないことへの歯がゆさも感じていましたが、今はただ自分が決断できることだけに集中しようと気持ちを切りました。僕はコロナのおかげでチャンスをもらえたと思っています。このチャンスを逃さず、うまく波に乗ることができたら、小野写真館はもっと成長していくはずだと思っています」

今回のアイデアソン2020でも、家業のアップデートは大きな課題の一つでした。しかし、小野さんのように、実は創業事業の近くに新たなビジネスのチャンスが潜んでいる可能性は大いにあります。ただ、それを見極めるには、今一度、家業をしっかりと見つめることが大事なのだと小野さんは教えてくれました。

業の課題解決に向けて、チャレンジは終わらない

小野さんのエネルギー溢れる講演が終わり、続いてはいよいよ4人の家業後継者たちによるアイデアソン2020の最終報告会のスタートです。

先陣を切るのは、和歌山県有田町でみかん農園を営む「みかんのみっちゃん」こと、小澤光範さん。江戸末期から続く小澤さんの農園では、年間を通じて、60種類もの柑橘類が150t以上生産されています。
小澤さんが、アイデアソン2020の参加にあたり、書き出した課題は8項目にものぼりました。その中から、小澤さんは「BtoCの販路拡大」と「規格外みかんのフードロス問題」「有田に人が集まる仕組み」の3つに課題を絞り、解決に向けて挑戦することを決意。
小澤さんは参加したサポーターたちと熱いディスカッションを交わしつつ、自身が持つネットワークを駆使し、なんと、中間報告会の時点でほぼ課題をクリアしていました。今回の最終報告会でも、A級品のみかんを贈答用として高価格で販売できたり、規格外みかんのフードロス問題も企業と手を組むことで解決したり、そのほか、SNSを通じて全国各地から援農者が集まったりと順調に進んだことを報告しました。
小澤さんの次なる目標は、当初、書き出した項目から漏れてしまった5項目の課題を解決することです。その中には、右腕となる人材の確保や加工品への取り組みのほか、世界に向けて有田町のみかんを知らしめるという壮大な夢も含まれています。 最後に、小澤さんは今回のアイデアソン2020に参加し、経営理念である「人と人のつながりを大事にし、みかんを通じて4つの起点(笑顔、幸せ、感謝、未来)を創造する農園」に大きく近づくことができたと笑顔で報告しました。

続いては、日立市にある御菓子司風月堂の3代目、藤田浩一さんです。

藤田さんは和菓子業界が抱える根深い問題を引っ提げ、アイデアソン2020に参加しました。小澤さんのように、当初書き出した課題は7項目もあったそうですが、藤田さんも「収益性の確保」と「差別化商品の開発」に絞り、参加サポーターたちにアイデアを募りました。
藤田さん曰く、一般的にお饅頭一つの単価は100円、150円くらいが相場で、これではなかなか高い収益は見込めません。単価を上げるには、その価格に見合っていることをお客様に認めてもらう必要があります。そこでサポーターたちから寄せられたアイデアは、まずは風月堂のファンを作ること。そして、ストーリー性のある商品とギフトとして喜ばれるデザイン性も兼ね備えた商品を作ることでした。
そこで、藤田さんは商品のコンセプトづくりから着手。素材は和菓子ではあまり使われない、茨城の名産・干芋を使うことを決めました。こうして出来上がったのが干芋羊羹です。コニャックや日本酒も使った手の込んだ干芋羊羹は、2021年11月の発売を目指し、今も施策を重ねているところだといいます。またパッケージのデザインにもかなり力を入れ、こちらは本年度のグッドデザイン賞に応募中なのだとか。  昔ながらの考え方が今も根強く残る和菓子業界。新しいチャレンジにもどこか否定的で、藤田さん自身も自然と委縮していたそうですが、今回のアイデアソン2020に参加し、「どんどんチャレンジしていくべきだ」と背中を押してくれたサポーターたちの声援は、イノベーションのいいきっかけになったと話してくれました。

3人目は、1958年に創業したお豆腐屋を仕切る有限会社高橋食品の高橋真弘さんです。

高橋さんの課題は、実は誰よりも明確だったかもしれません。それは大豆やにがりにこだわった自慢の豆腐を直販すること、また豆腐を軸にお客様や地域の人たちとコミュニティを作ることでした。
高橋さんは全国各地で豆腐の作り方を学び、また原料となる大豆やにがりを確保してきました。ようやく自分自身が納得し、自信の持てる商品が作れるようになった今、お客様に美味しい状態で食べてもらえないことにジレンマを抱えていました。お客様に出来立ての豆腐や、揚げたてのがんもどき、油揚げを食べてもらいたいと思い、高橋さんは一念発起。作業場の一部を店舗に改装することを決意したのです。
高橋さんの決意を聞いたサポーターたちからは、運営に向けてさまざまなイベント案の提案や、豆乳やおからを使ったスイーツの開発などが促されました。またSNSやメディアに向けた情報発信の必要性も説かれました。それらのアドバイスに真摯に向き合ってきた高橋さんは、2020年5月、ついに「とうふや たかはし」をオープン。店内のイートインスペースでは大豆が月替わりで異なる豆腐を用いた定食やスイーツが食べられ、さらに、屋外では高橋さんの趣味を生かしたボルダリングの壁が作られ、地域のコミュニティを育むための要素も十分に兼ね備えた場になっています。
こうして着実に一歩を踏み出した高橋さんの次なる挑戦は、イタリア人の友人が母国で豆腐店を出店したいという夢をサポートすることだといいます。豆腐という日本古来の食文化を後世に残すため、高橋さんの取り組みはまだまだ続きます。

そして、最後は株式会社あけぼの印刷社の山田周さんです。

山田さんの課題は、長年培ってきた印刷会社としての強みと、WEBなどのデジタルをブリッジしたサービスの構築でした。最終回では、自社の営業やデザイン、マーケティング担当のスタッフを始め、クライアントまでもが参加するという、異例の展開に。その中でサポーターらと実施済みのプロモーション施策を検証したり、次のステップに向けたアイデアを募っていきました。最終的にはクライアントのストーリー性を持たせたコンテンツをベースに、デジタルとアナログの融合を図るアクションプランが掲げられました。
その後も順調に実績を重ね、他社にはない独自のサービスを構築した山田さんですが、その中で気づいたことがあるといいます。それは、デジタル、アナログの二つを使って情報伝達することがだけがクライアントのメリットではなく、そもそもその情報がきちんとユーザーに届いているかを数値で確認できることも大きなメリットだったということ。それに気づけたことは大きな収穫だったと山田さん。そして、今回のアイデアソン2020で年齢も業種も異なるサポーターたちの意見を聞けたことはとても新鮮だったし、毎月進捗状況を発表しなくてはいけないというプレッシャーが成長を促すきっかけにもなったと話しました。
今もさまざまなマーケティング手法に挑戦している山田さんですが、そんな状況で新たな課題も見つかったそうです。それはこの事業の強みを伝える術が難しいということ。当初の課題はクリアしたが、そこから新たな課題も見つかったので、まだまだ道半ばだと山田さんは締め括りました。

アイデアソンで得た多くの知見が家業のイノベーションに繋がる

未だに続くこのコロナ禍で、新たな取り組みを始めるのは非常に難しいこともあったかもしれません。しかし、それに怯むことなく、4名の家業後継者の皆さんは果敢にチャンレジを続けてくれました。多くの方が視聴するオンライン上はもちろんのこと、イベントを終えた後にSlack上で白熱した議論が交わされることもありました。山田さんのように一つのチャレンジを終えた今、新たな課題が見つかったというように、事業を続けていく限り、課題と挑戦は常に繰り返されるものなのかもしれません。でも、だからこそ、面白く、やりがいもあるのではないでしょうか。
昨年のキックオフのころは、まだご自身の課題に対して明確な答えを見いだせずにいた4名の家業後継者の皆さんが、最終報告会ではこれまで以上に自信に満ち溢れていたように感じます。今回のアイデアソン2020が、その自信に繋がるきかっけとなり、少しでも皆さんのお役に立てたのならば、それに優る喜びはありません。

そして、2021年のアイデアソンも開催が決定しています。今回もさまざまな課題を持つ家業後継者が解決に向けて準備を進めています。2020年以上の活気と熱量で進めていきますので、興味のある方はぜひサポーターの一人として参加してみてください。