事業承継者のための「デザイン×経営」シリーズ 「第一人者に訊く -家業後継者がデザイン経営に踏み出す第一歩-」イベントレポート

2021年9月15日にオンラインで開催した事業承継者のための「デザイン×経営」シリーズDAY1。近年、注目を集めるデザイン経営とは何かを考え、デザイン経営が家業のイノベーションにどのように役立つのかを学ぶ機会となりました。そして、より実践的に学んでいただくため、2021年10月13日にデザイン経営の第一人者である四名の登壇者をお招きした「デザイン×経営」シリーズDAY2が開催されました。

世の中にどんな価値が提供できるか対話を重ねながらその答えを導き出す

デザイン経営は、デザインの力をブランドの構築やイノベーションの創出に活用する経営手法です。DAY1では、2018年に「デザイン経営宣言」を発表した特許庁のデザイン経営プロジェクト・意匠審査官の外山雅暁さんをお招きし、今、デザイン経営が必要とされるその背景について語っていただきました。

DAY2では、DAY1に引き続き、外山さんに登壇していただくほか、特許庁のデザイン経営プロジェクトの立ち上げから伴走してきた株式会社ロフトワークのクリエイティブディレクター・加藤修平さんとプロデューサー・二本栁友彦さん、さらに特許庁のデザイン経営プロジェクトのメンバーである太田一平さんにも登壇いただき、デザイン経営を紐解いていきました。

第一部では、実際に特許庁がデザイン経営を導入していく中で直面した課題と、その課題解決に向けたプロセスが、当事者である太田さんや外山さんから語られました。

その課題の中には、特許庁としての存在価値とは何か?といった根源的なことから、職員一人一人が一つの方向性に向かうためのミッションビジョンバリューの再構築などが含まれていたといいます。これらを一つ一つ精査していく中で、太田さんや外山さんが意識したことは「特許庁として世の中にどのような価値を提供できるか、また、そのためにするべきことは何か?」ということだったそうです。

外山さんは「あらゆることが激変する今、職員全員が一つの方向に向かって取り組まなければ、100%の力を発揮することはできない」といい、「企業も同じです。社員を巻き込みながら、目標に向かって歩みを進めていかなくては、従来のビジネスモデルでは立ち行きません。そのために確かな指標となるミッションビジョンバリューが大事になるのです。特許庁もまずそこを再構築する必要がありました」と話しました。

しかし、ミッションビジョンバリューといえば、往々にして抽象的な概念になりがちです。それを上手にデザイン経営に組み込むにはどうしたらいいのでしょう。

この疑問に加藤さんは、「事業や活動を通して、自分たちが本当に伝えたいことは何か?どういうことを伝えたらいいのか?また本来向き合うべき人は誰なのかをきちんと考える必要があります。そのためには内部だけではなく、外部とも対話を重ねていくことが大事」であると答えました。そして、第三者の視点と自分たちの思いがつながっているかを常にチェックすること。それを忘れてしまうと、結果的に独りよがりなものになってしまうといいます。

確かに経営理念は簡単に書き変えられるものではないかもしれません。しかし、プロットタイプを作って修正・確認を繰り返すデザインのように、アウトプット後の反応に応じて修正していく柔軟さも、今の時代には必要なのかもしれません。

デザインはコストではなく、企業価値を高めるための投資

デザイン経営プロジェクトがスタートした当時を振り返り、太田さんは従来とは異なる考え方や手法に「頭の中が真っ白になった」と話しました。それでも特許庁の骨格をしっかり意識しながら議論が収束できたのは、「プロジェクトに伴走してくれたデザイナーの存在が大きかった」といいます。

デザイナーとの協業については、DAY1でも重要なテーマとして取り上げられました。いいデザイナーとは、経営者に寄り添い、経営者自身も気づかないような漠然とした思いを整理し、もっとも適した形で表出化する経営パートナーであるということ。そして、お互いに何でも言い合える関係を築いていくことがベストなのだと。

企業や自治体などさまざまなプロジェクトに携わる加藤さんも、「常にいいデザイナーとの出会いは求めている」といい、気になるプロジェクトやアウトプットがあれば、そこにどんなデザイナーが携わっているかをチェックしているそうです。そのときに大事なのは「デザインの力量だけではなく、仕事に取り組む思いや姿勢。その点もできる限りリサーチするといいと思う」とアドバイスを寄せました。

ただデザイナーとの協業を「コスト」と捉える経営者がいるのもまた事実です。しかし、デザインはパッケージやロゴを作るだけではなく、組織や環境、コミュニケーションなどさまざまな領域で用いることができます。つまり、クオリティの高いデザインを求めることは、企業への投資と何ら意味合いは変わりません。 また、二本栁さんは「企業の足りない部分を補ってくれるのであれば、デザイナーにこだわる必要もない」といいます。その代わり、自分たちにとって何が足りないのか、どこを補完すればいいのかをきちんと理解することが大事なのだと教えてくれました。

デザイン経営は事業承継で直面する課題を解決し未来に向けた次の一歩を踏み出すための経営手法

第二部は、登壇者の皆さんと参加した家業後継者の皆さんが、対話を通じてデザイン経営を深掘りしていくダイアローグ・セッションが行われました。

そこでは、今、まさに家業後継者の皆さんが抱える課題が浮き彫りになりました。たとえば、下請けからの脱却やBtoCへの挑戦、インナーブランディングの取り組みやデザイナーとの協業など。デザイン経営はこうした家業後継者の皆さんが抱える課題を解決するための道標となります。また事業承継で感じる「時代の変化への対応」と「既存の経営資源」のギャップを埋め、この二つをつなぐ重要な役割も果たします。

しかし、そのためには、これまで当たり前と思っていた事業の既成概念を壊し、再構築していくプロセスが必要です。伝統や歴史を重んじる家業では難しい面もあるでしょうが、外山さんが「デザイン経営で用いるデザインの本来の意味は、De=壊す、SIGN=既成概念である。つまり既成概念を再構築・再定義することだ」と語ったように、少し視点をずらして既存事業を見ることができれば、それがイノベーションのきっかけになるかもしれません。そのためにデザインの手法が必要となってくるのです。

今回の事業承継者のための「デザイン×経営」シリーズは、実践者たちのよりリアルなディスカッションを元に、家業後継者が踏み出す一歩をともに体験する目的で行われました。登壇者の皆さんが語られた「デザイン経営は、自分の価値観や自分の大切にしていることを外の視線も入れながら考えていくことが大切」という言葉を胸に、多くの家業後継者の皆さんが凝り固まった既成概念を壊し、家業におけるのイノベーションを模索するなかでにデザイン経営が役立つことを願っています。