後継者と自社株式 大戸屋創業ファミリー・三森智仁さんをお迎えして イベントレポート

家業イノベーション・ラボでは、これまで経営を主としたセミナーやワークショップを多数開催してきました。しかし、家業(ファミリービジネス)は経営だけで成り立つものではありません。ビジネスの世界では、家業経営を3つの円で構成した「3円モデル(スリーサークルモデル)」という例えがあります。3つの円は「家族(ファミリー)」「経営(ビジネス)」「株式(オーナーシップ)」を示しており、この3つの円をバランスよくマネージングしていくことが家業には重要だといわれています。このバランスが崩れてしまうと、家族関係の破綻や経営そのものが立ち行かなくなったり、中にはお家騒動に発展して創業者から託された経営権を手放すといったこともあります。

去る2021年11月11日、家業イノベーション・ラボとして初めて円の1つである「自社株式」をテーマとしたトーク・イベントを開催しました。

後継者として先代から託された家業をどう守るべきか

今回のトーク・イベントには、株式会社スリーフォレストの代表取締役三森智仁さんをゲストにお迎えしました。智仁さんは国内外でチェーン展開する飲食店「大戸屋」の創業者・三森久実氏の後継者として、24歳で株式会社大戸屋ホールディングスに入社しました。しかし、久実氏の突然の逝去により、世間を大きく賑わせた“お家騒動”に巻き込まれてしまいます。

「大戸屋」は、創業者の後を受け継いだ三森久実氏が、「家庭食の代行業」をテーマに国内外で数多くの店舗をチェーン展開する上場企業です。しかし、2015年に久実氏が急逝し、株などを受け継いだ息子・智仁さんら創業家と当時の経営陣との間で、創業者功労金などをめぐって対立が起こりました。結果的に智仁さんは大戸屋を退社し、筆頭株主の創業家として大戸屋の行く末を見守ってきましたが、ここ数年の業績悪化に加え、2017年にはSNSによるバイトテロが勃発。この状況を鑑みた智仁さんは、大戸屋には適切な牽制力となる株主が必要なのでは?と思うようになり、母親が所有する株も含めて株式会社コロワイドに株を託しました。その後、コロワイドは当時の経営陣にM&Aを打診し、グループ傘下に入ることを提案しましたが、経営陣は拒否。最終的にコロワイドはTOBを実施し、大戸屋はコロワイドの傘下となりました。そして、コロワイドは経営陣の刷新とセントラルキッチンの導入を含む店舗運営の改善をはかり、創業者の思いを継承している智仁さんを再び社外取締役に迎えました。

トーク・イベントで当時を振り返った智仁さんは、「今にして思えば、当時の社長と創業家の間で起こった亀裂は、一人の役員が社内を掻きまわしたことが原因でした。その人物によってボタンの掛け違いが起きてしまった」と話しました。

実は久実氏が亡くなる1年程前、智仁さんは本人から余命を告げられていたそうです。突然のことに動揺する間もなく、智仁さんは執行役員社長付という役職を与えられ、事業承継関連の特命事項を命じられました。しかし、その期間はあまりにも短く、十分な準備もできないまま、久実氏は亡くなってしまいました。智仁さんはご自身の経験を踏まえ、会社の規模や代表者の年齢に関わらず、事業承継の準備は1日でも早く進めたほうがいいとアドバイスを送ります。

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時代に合わせた家業の変革。それができるのは創業家しかいない

本日のもう一人のゲストである中小企業庁事業環境部財務課の平田卓也さんも、事業承継の準備は非常に大事だと話しました。税金を含む資金的なスキームの構築はもちろんですが、非上場の会社の場合はそもそも誰が株を持っているのか、その株主と連絡がとれないこともあるといいます。また株式の散逸も重要な課題であると告げました。

智仁さんも当初から株式の散逸を防ぎたいと、相続税でキャッシュアウトした分は金融機関からの借り入れなどで補ってきました。今も当時の方向性は間違っていなかったと話しますが、ただその事業のフェーズによっては株を手放すという選択もあり得るといいます。

「創業家が株を手放さないという姿勢は大事だとは思いますが、ただその時点で創業家が事業を伸ばし切れるフェーズなのか、会社の状況や時代背景を見極めることは大事ではないかと思います。適切なタイミングで判断する必要があるということです。もし私たち創業家が株をこのまま維持していたら、大戸屋は時代の変化に追いつくことはできなかったでしょう」

また厳しい見方をすれば、久実氏が創業以来貫いてきた店内オペレーションは、すでに限界を迎えていたと智仁さんは話します。

「こだわりを貫き通すほどのプライオリティがあるならば、父は上場するべきではなかったし、チェーン展開もしない方がよかったのかもしれないと思います。その中で時代に合わせた大胆な改革ができるのは創業家だけです。僕は株主という立場ではその変革は叶いませんでしたが、コロワイドという会社を通じて時代に合わせた変革を行うことができています」

その変革の中にはコロワイドのグループシナジーを発揮したセントラルキッチンの導入や、百貨店の食品売り場やスーパーマーケットのフードコートなどの出店による中食市場への進出など多岐に渡っています。お家騒動の1つの目玉にもなったセントラルキッチンの導入は、従来の大戸屋の味はそのままに価格面で顧客に還元することができました。さらに労務環境も劇的に改善され、従業員たちの労働意欲も高まっているといいます。

「きちんと事業承継できれば会社の寿命は30年延びるといわれています。私の父もそうであったように、30年スパンで物事を捉えていく必要があると思います。ただし、経営理念を具現化していくためには、時代に合わないものは変えていくべきです。昔のビジネスモデルが未来永劫続くものではありません。既存のビジネスモデルを壊せるのは、実は創業家しかできないのではないかなと思います」

「後継者と自社株」をテーマに行った今回のトーク・イベント。若干26歳という若さでお家騒動に巻き込まれた智仁さんの体験を通じ、事業承継の課題や創業者だからできる時代に合わせた家業の変革など、多くのことを学ぶいい機会となりました。今後もさまざまなテーマをもとに、家業イノベーション・ラボは家業後継者の皆さんのイノベーションを支援していきます。