事業承継者のための「デザイン×経営」シリーズ 「実践者に訊く—デザイン経営は家業を救う?—」イベントレポート

デザインが企業の産業競争力の向上に役立つ

2021年9月15日に開催されたオンラインイベント「実践者に訊く—デザイン経営は家業を救う?—」の第一部では、デザイン経営を推進している特許庁のデザイン経営プロジェクト・意匠審査官の外山雅暁さんと、オリジナルブランドの誕生により、家業をV字回復させた木村石鹸工業株式会社の代表取締役社長の木村祥一郎さんにご講演いただきました。

特許庁が「デザイン経営宣言」を発表したのは2018年のことです。現在は、経済産業省や中小企業庁も加わり、一丸となってデザイン経営を推進していますが、そもそも特許庁がデザイン経営の必要性を訴えた理由は何だったのでしょうか。 

それは、顧客や市場、社会や環境などが目まぐるしく変化し、日進月歩で情報技術が発展していく今、従来のビジネスモデルでは経営が成り立たなくなってきたという背景があります。この難しい局面を打破していくには、ビジネスの考え方を大きく変えていく必要があり、そこにデザインの力が大きく役立つと考えられたのです。

「私たちが考えるデザイン経営の定義は、デザインを企業価値向上のための重要な経営指針として活用する経営のことです。ブランドは企業が大切にしている価値とそれを実現しようとする意志を表現する営みであり、イノベーションは顧客の潜在的ニーズをもとに既存の事業に縛られずに事業化を構想する営みです。デザインはこの二つを通じて企業の産業競争力の向上に大きく付与します」

日本では商品の色や形、パッケージなどをデザインと捉えがちですが、本来は『既存の概念を再定義する(De=壊す、sign=既成概念)』という意味です。実はこの意味こそ、もっとも重要であり、家業後継者の皆さんに知っていただきたいことの一つです。というのも、家業イノベーション・ラボでは、これまでも多くのイベントで「イノベーションを起こすきっかけは、視点を少しずらして既存の事業を見ることから始まる」と伝えてきました。デザインの本来の意味である『既存の概念を再定義する』は、このイノベーションのアプローチに通じるものがあります。

では、実際にデザイン経営を取り入れると何が変わるのでしょう。外山さんは「顧客の潜在的な課題を解決する商品やサービスを開発することで、会社のファンが増えていく。すると、従業員がその会社で働くことに自信と誇りを持つようになり、新たな取り組みにも積極的にチャレンジする意欲が生まれます。デザイン経営には、人の意識を変え、会社組織を変える力がある」と締め括りました。

社員に自信や誇りを与え、会社組織も変えていく

続いて、木村石鹸工業の木村社長が登場し、自社の取り組みが語られました。

木村石鹸工業は、大正13年創業の老舗の石鹸メーカーです。企画から開発、製造まで一手にこなすものの、木村社長曰く「自社で売る覚悟がなく、また売る力もないと思い込んでいた」ことから、長らくOEM事業が主体となっていました。しかし、木村社長が家業に入った2013年は、営業利益率0%と会社は危機的状況。もはやOEMだけでは利益を上げられないことが明白となり、木村社長は「自分たちで商品の価値を伝え、価格を上げる努力をしなくては、このビジネスは成り立たない」と覚悟を決め、自社ブランドの立ち上げに着手しました。2015年に職人のこだわりを詰め込んだ天然素材の石鹸「SOMALI(ソマリ)」を発売し、その後も機能用途洗剤の「C SERIES」などさまざまなオリジナル商品を展開。2020年には、クラウドファンディングでシャンプーとコンディショナー「12/JU-NI(ジューニ)」の販売をスタートし、自社ブランドをけん引するヒット商品となっています。 

ただいくら自社ブランドの売れ行きが好調とはいえ、会社全体の売上に占める割合は直近でも30%ほどで、それほど大きなインパクトを与えたとはいえないと話す木村社長。それ以上に大きなインパクトだったのは、社員の自信や誇りといった意識の変化だったといいます。木村社長はデザイン経営を意識していたわけではなかったそうですが、企業としてやるべきことを突き詰めていった結果、外山さんが語ったデザイン経営の「人の意識を変え、会社組織を変える」ことを体現していたのでした。

最後に、木村社長は自社のブランド開発時に意識していることを教えてくれました。

●競合商品の比較表を作らない

「自分で勝手に競合商品を決めて調べることは、相手の土壌で戦うようなものです。それでは新しい商品などは作れません。まず作り手である自分が作りたいもの、大切な人に使ってほしいものを作るべきで、それを徹底的に突き詰めることが大事」

●アンケートやモニターの声を参考にし過ぎない

「たくさんの声を商品に付与していったら、どんどん普通の商品になってしまう。大多数の声は参考として聞くに留めること」

●クリエイターの案を多数決で選ばない

「クリエイティブなことは多数決で判断してはいけません。これだ!と思うものを選ぶ覚悟が大事です」

●商品に名前をつける

「ブランドとして意味があり、自分たちが自信を持って呼びかけられる、愛着の持てる名称を付けてあげること」

●商品の周辺情報を増やす

「ただ商品の情報を発信するのではなく、その周辺の情報も伝えるように意識すること」

●開発プロセスから情報発信する

「もはや“新しい”ということだけでは、世の中の反応は得られません。身近な人たちからでもいいので、開発途中から情報を発信し、その中から火種を作ることに注力してほしい」

●SNSを積極的に活用する

「もはや当たり前のことですが、SNSは情報発信に欠かせないツールです。ただし、自社の情報を発信してフォロワーを増やすのではなく、自社について発信してくれる人を増やすことが大事。そして、その発信に対してコミュニケーションを欠かさなければ、また別の人たちがそれを見て自分たちの情報を発信してくれます」

デザインは経営者の思いや会社の価値を表現する手段

第二部は外山さんと木村社長、そして、経済産業省北海道経済産業局地域経済部産業技術革新課知的財産室の坂野真さん、札幌で紙器製造業を営むモリタ株式会社の代表取締役社長の近藤篤祐さんにも加わっていただき、パネルディスカッションを行いました。

坂野さんは、北海道経済の発展を通じて、日本経済の発展と国民生活の向上を目指し活動しています。その活動の中には、経営者とデザイナーをマッチングする場の提供もあり、実際に事業承継とともにデザイナーとブランド化をはかる家業後継者を含む北海道内中小企業の支援なども行っているといいます。

近藤社長は、2007年に義理の父が経営するモリタに入社しましたが、そのときに「これからはデザインがもっとも重要になる」と直感し、専門学校でグラフィックデザインを学びました。そして、デザイナーとしての視野も備えたうえで、差別化できるものづくりとデザイン活用の実践により、新たな活路を見いだしました。昨年、代表取締役に就任し、現在は世界や日本全国の企業からオファーが届く高い技術力が自慢のパッケージ企業へと成長を遂げました。 

パネルディスカッションでは、それぞれの立場でデザイン経営を理解するポイントが語られました。その中ではデザインの重要性を説くとともに、優秀なデザイナーとの出会いや取り組み方についてのアドバイスも。

たとえば、本業以外の専門性の高いものはすべてプロに委ねると話す木村社長は、「優秀なデザイナーほど聞き上手である」といい、近藤社長も「いいデザイナーはいいコミュニケーターである」と話しました。つまり、優秀なデザイナーほど経営者との対話を重視し、ときには、経営者自身も気づかないような思いや漠然とした思いを整理し、もっとも適した形で表出化することができるといいます。ただし、そのためには経営者がそこに至るまでのプロセスや対話、社内状況を整理しておくことが重要であり、坂野さんは「デザイナーとは経営パートナーとして、何でも言い合える関係性を築いていくことがベスト」だと話しました。

さらに、外山さんはデザイン経営では「ユーザーは誰かを見極める」ことも大事なポイントだといいました。たとえば、OEMで商品を提供しているのであれば、クライアントの決めた仕様書通りに作ればいいのではなく、その先にいる顧客を意識して作ることが大事だということです。それができれば、クライアントに逆提案することも可能で、より選ばれる会社になると話しました。それに対し、木村社長も「社内の人間ほど会社の価値を低く見積もりがち。その意識を変えなくてはいけない」といい、「組織をどうデザインするか、人がどうやったら動くか。ユーザーはもちろん、社員が気持ちよく働ける環境を作るのもデザインの領域である」と付け加えました。

デザイン経営は、昨今の著しく変化する経営環境の中で、従来のビジネスモデルに縛られることなく、事業の未来を切り拓いていく足掛かりとなるものです。デザイン経営で実現できることは、顧客の問題解決とともに、社員に自信と誇りを持たせることであり、それが新たに会社という組織が生まれ変わる大きな原動力となります。そういう意味でもデザイン経営は1日してならず。積み上げた自社の強みを足掛かりに一歩を踏み出し、社員を巻き込みながらビジョンに向かって歩みを進めていく。その先にデザイン経営の結果が現れてくるはずです。