【イベントレポート】2022年にCraft Runwaysに参加した木彫師・前田さん登壇イベントを開催しました。

「第16回渋谷芸術祭2024〜SHIBUYA ART SCRAMBLE〜」のプログラムの一つとして、2024年11月5日に「木工芸術の世界へようこそ!」と題したトークイベントが開催されました。ゲストは、秋田県大館市の伝統工芸品「大館曲げわっぱ」の第一人者である有限会社柴田慶信商店の代表取締役・柴田昌正さん、そして大阪市を拠点に木工芸術作品の制作にも力を注ぐ株式会社木彫前田工房の代表取締役であり、だんじり彫刻師の前田暁彦さんです。ともに日本が誇る伝統工芸においてイノベーションを起こすべく、世界市場も視野に入れた事業展開を行うお二人が、木工芸術の魅力や可能性について熱く語り合いました。

事業転換のきっかけは価格決定権を持つこと

渋谷スクランブルスクエア14階にある「ハチふる SHIBUYA meets AKITA」では、柴田さんと前田さんのコラボレーションによる雛飾りを展示。

木工芸術は、優れた技術をもとに歴史や文化を紡いできた日本の伝統工芸の一つですが、後継者不足や原材料の高騰、ライフスタイルの変化などの影響を受け、残念ながら衰退傾向にあると言っても過言ではありません。

「中小企業サポーター」エヌエヌ生命は、2020年、渋谷に本社移転したことを機に、渋谷の観光事業の振興を通して「国際文化観光都市・渋谷SHIBUYA」の実現を目指す渋谷区観光協会とタッグを組み、渋谷の地の利を活かして中小企業の支援に取り組んできました。2023年には、ハチ公生誕100周年を記念するHACHI100プロジェクトの一環として共同開催した「めぐり会いではじめるイノベーション」において、大館市の農業生産者と東京の事業者をつなぎ、新たな取り組みが実現しています。

イントロダクションでは、一般財団法人渋谷区観光協会の事務局長・小池ひろよさんとエヌエヌ生命保険株式会社の事業開発部長・遠藤哲輝さんが、トークイベントの主旨など紹介。

トークイベントでは、まず柴田さんと前田さんがそれぞれの伝統工芸の歴史を紹介し、続いて、伝統工芸の世界に足を踏み入れたお二人が目の当たりにした、業界の課題へと話が及びました。それが事業転換のきっかけにもなった「価格決定権」です。

当時の大館曲げわっぱは、卸問屋を通して主に百貨店などで販売していました。品質がよいものを売っているのに、手元にはお金が残らず、卸問屋との関係も対等とはいえなかったそうです。また、だんじりも優先されるのは材料費や大工の手間賃ばかり。近年は低コストの中国企業が参入し、彫刻師にとっては厳しい時代を迎えていました。

有限会社柴田慶信商店の代表取締役・柴田昌正さん。

柴田さん(以下、柴田) 好きな仕事ではありますが、きちんと見合った対価をもらわなければ、後を継ぎたいと思う人はいなくなります。消費者にとっても、いいものを生活に取り入れることは大切だと思うので、私は『自分で作ったものは、自分で販売しよう』と直営店をオープンしました。その結果、お客さまが求めるものがダイレクトに伝わり、それに合わせて作った曲げわっぱが売れるようになったんです。そうなると、卸問屋の方から売ってほしいと依頼が来て、ようやく対等な関係が築けるようになりました。

株式会社木彫前田工房の代表取締役であり、だんじり彫刻師の前田暁彦さん。

前田さん(以下、前田) 私も仕事をもらえるのは嬉しいけど、やればやるほど赤字になるような状態でした。だから、私は『自分で価格が決められる木工作品を作っていこう』と会社を立ち上げ、岸和田から大阪市内に拠点を移しました。伝統工芸に携わる人の多くは、自分の作ったものに値段はつけにくいと思いますが、そこを打破していかなければ後継者も育てられません。伝統工芸の職人であるとともに、経営者のマインドも持ち合わせていかなければだめだと思います。

海外進出が学びと気づきをもたらす

「日本から世界に飛翔する木工芸術の可能性」をテーマに、約70分にわたってトークを繰り広げる。

直面する課題に対し、柴田さんは直営店の運営、前田さんはオリジナル作品の開発・販売を行う一方、海外市場に向けた取り組みも転換の大きなきっかけとなったといいます。たとえば、柴田さんは、今年、7年ぶりにミラノデザインウィークに出展し、喜多俊之氏がデザインした備前焼とのコラボレーションによる照明作品を発表しました。前田さんは、2021年からエヌエヌ生命のサポートのもと、オランダ人デザイナーと協業し、新分野での作品発表や商品開発に挑戦しました。

柴田 今年、ミラノデザインウィークに出展し、改めて新たな可能性が生まれる兆しを感じましたし、また別のものを作りたいという意欲が湧いてきました。

前田 世界中の人たちがメイドインジャパンに興味を持っている今、伝統工芸をビジネスとして発展させたいと思うなら、いち早く海外に出るべきだと思います。

さらに、前田さんはオランダ人デザイナーとの協業を振り返り、印象に残っているエピソードを教えてくれました。

前田 デザイナーとブランディングの話になったとき、彼女が『海外市場に出るなら、ハイブランドを目指すべき。あなたたちの技術はそれに見合う価値がある』と言ってくれたんです。僕らにこの発想はなかったので驚きましたし、大きな自信につながりました。

世界を身近に体験したことで、多くの学びと気づきを得た柴田さんと前田さん。お二人の体験に基づく言葉は力強く、まさに今、行き詰まりを感じている人たちの背中を押す、大きな励みになりました。

世界が認める、アートとしての伝統工芸の魅力

トークイベント終盤では、伝統工芸に携わる参加者から後進の育成やアートとしての伝統工芸の未来などについて質問が寄せられた。

現在、お二人はこれまで廃棄していた木材を使い、新たな商品の開発にも意欲的に取り組んでいます。柴田さんは秋田杉の樹皮の近くにある白太(しらた)が、強度的に問題ないことを専門家と突き止め、経年変化が楽しめる拭き漆の曲げわっぱを制作。一方、前田さんも木曽桧や土佐桧の端材を用いて、純度100%のエッセンシャルオイルの開発に着手しました。どちらも貴重な国産木材を無駄にしないというストーリーが受け入れられ、大きな反響を呼んでいます。

しかし、これら取り組みがすべて順風満帆だったわけではありません。柴田さんも前田さんもトライ&エラーを繰り返し、一歩一歩と道を切り開いてきました。「それができたのも、いい出会いに恵まれたからだ」と柴田さんは言います。

柴田 いろいろな出会いを経て、自分が作った商品がアートとしても通用することが分かりました。作り手が素晴らしい伝え手とめぐり会うことも大事なことだと思います。

今回のトークイベントで初披露された「鏡餅」。木工の伝統技術を継承する柴田さんと前田さんだからこそ実現した作品。

トークイベント最後に披露されたのは、柴田さんと前田さんのコラボレーションで作られた「鏡餅」です。伝統工芸の技術を継承するお二人のこだわりが随所に宿る鏡餅は、アート作品としての存在感を放っていました。


今回のトークイベントでは、日本市場から世界市場へと視野を広げ、伝統工芸の発展に向けてイノベーションを起こした柴田さんと前田さんに、木工芸術の可能性や将来に向けての課題などを語ってもらいました。お二人の話は、木工芸術の世界に携わる人だけではなく、多くの参加者の皆さんの胸に響き、それぞれの立場で何ができるかを考えるよい機会になりました。