【家業イノベーション・メンバーズボイス vol.10 久保 昇平さん】遊び心と熱量を大切に。貼って剥がす「顔料箔」で、“箔をつける”三代目の挑戦。

家業イノベーション・ラボに参加している家業イノベーターたちがどのようにプログラムを活用し、実践しているのかを深掘りする「家業イノベーション・メンバーズボイス」。参加のきっかけや初めて参加したプログラムから、印象に残ったプログラムで得た気づき、そして実際に成果を上げるためのポイントまで、皆さんの挑戦をサポートする実践ガイドとしてお届けします。

今回は、関西巻取箔工業株式会社 取締役C.O.O・久保 昇平さんにお話を伺いました。

<プロフィール>
1980年、京都府生まれ。1952年創業、顔料箔(転写箔)メーカー「関西巻取箔工業株式会社(KANMAKI)」の3代目で、取締役C.O.Oを務める。京都産業大学在学中より舞台演劇の脚本・演出家として活動し、のべ120作以上に携わる。2006年には京都高度技術研究所(ASTEM)の起業支援を受けて起業し、京都府インキュベーション事業「KYOTO STYLE」や伊・トスカーナとのデザイナー交流事業などにも参画。2012年にKANMAKIへ入社後は、印刷・塗装加飾の環境負荷を下げるソリューションとして、VOC(揮発性有機化合物)を抑え乾燥工程の短縮にもつながる「転写顔料箔」を提案し、脱炭素時代の印刷・塗装ソリューションとして国内外へ展開している。経済産業省「始動 Next Innovator 2018」最優秀賞、ICC KYOTO 2021「リアルテック・カタパルト」入賞、Forbes JAPAN「Local Innovator 15」選出など受賞多数。2022年からは、専用機械や職人技を必要とした箔押しを「ボールペンで描ける」形にした商品「煌葉-kiraha-」を展開し、ワークショップやアップサイクルアートなど、箔の表現領域を暮らしへひらく取り組みにも力を入れている。

■WEBサイト: https://www.kanmaki-foil.com/

“塗る”から“貼る”へ。箔で印刷の未来をひらくものづくり。

――まずは現在の家業について教えてください。

私たちは1952年創業の顔料箔メーカーで、金糸の材料をルーツに「転写顔料箔」という素材をつくり続けてきました。箔というと、チョコレートの箱や雑誌の表紙に使われる金や銀のキラキラした表現を思い浮かべる方が多いと思いますが、私たちの特徴は“色を表現できる箔”をつくっていることです。白や黒、ブランドのコーポレートカラーなど、微妙な色味や深みを、数グラム単位の調色と1/1000ミリ単位のコーティング精度で再現していく。感覚としては料理に近くて、基本レシピはあっても、最後は職人の目と感覚で仕上げていく世界です。

――一般的な印刷・塗装との違いを、久保さんはどう捉えていますか?

印刷や塗装って、基本は「塗って乾かす」じゃないですか。でも転写顔料箔は、ざっくり言うと「貼って剥がす」。この違いが実はとても大きくて、インクに含まれるVOC(揮発性有機化合物)を使わずに加飾ができるため、環境負荷や火災リスクを下げることができる。さらに、乾燥工程が不要になることで、生産性の向上にもつながります。脱炭素が求められる時代の中で、印刷・塗装の在り方を変える技術として、少しずつ注目されるようになってきました。

――どんな所にこの技術が使われているのでしょうか?

実際に、自動車部品や家電、化粧品パッケージ、医療資材など幅広い分野で使われています。印象的だったのは、コロナワクチンの注射針の目盛り部分に、弊社の黒顔料箔が出荷ベースで5,000万本以上採用されたことです。他の印刷方法では供給が追いつかない状況の中で、「生産性を上げる必要がある」となった時に、私たちの技術に白羽の矢が立った。これは現場としても、すごく誇りに感じた出来事でした。

――コロナワクチンの注射針の目盛りにも使われていたんですね!基本はBtoBなのでしょうか?

ここ数年はBtoCにも少しずつ領域を広げています。2022年からは、これまで専用機械や職人技が必要だった箔押しを「ボールペンで描ける」形にした商品『煌葉-kiraha-』を展開したり、誰でも箔を楽しめるワークショップを行ったり、製造過程で出る廃材をアーティストと一緒に作品へと生まれ変わらせるアップサイクルアートの取り組みも行っています。

また、働き方や組織づくりの面でも、週休三日制への移行や、複業・シニア・専門人材と連携する「KANMAKI MASTERS LEAGUE」の仕組みづくりなど、「会社のあり方」そのものも実験し続けています。ものづくりとしては決して“最先端”ではないかもしれません。でも、今ある最先端の技術が、さらに先へ進むために必要な存在でありたい。そんな感覚で、この仕事に向き合っています。

演出家の視点で、会社を観察し、組織をつくり直す。

――家業に入るまでの経緯を教えてください。

正直、家業に入る未来はほとんど想像していませんでした。小学校の頃から小説を書いたり、学芸会の脚本を書いたりすることが好きで、大学時代は舞台演劇にのめり込み、脚本・演出家として活動していたんです。プロの世界は簡単ではなく、夢が途切れたあとも、組織に馴染める性格でもなかった。その影響もあって26歳の時に起業もしましたが、順風満帆とはいかなくて。そんな中で、家業の状況がかなり厳しくなっていて、会社を立て直さなければ家族の生活も守れない。だから私がKANMAKIに入ったのは、「やりたい!」というより、やらなければいけないという”使命感”に近かったと思います。

――入社当初、家業に対してどんな印象を持っていましたか?

初日に工場でみんなの顔を見たとき、これは大変なところに来たな、と。搾取する側の人間として見られている雰囲気を感じました。社内には不信感が漂っていて、とにかく情報の透明度を上げないと会社が前に進まないと思いました。でも、そのためには信頼関係が何より重要。まずは社員の皆さんに信頼してもらうために、とにかくハードワークをしましたね。入社5年目位で知るようなことを1年目で知る位のスピード感じゃないといけないと思っていたので、正直2〜3年の記憶がほとんどないんです(笑)とにかく数をこなして「こいつ、めちゃめちゃ仕事するな」と思ってもらいたくて。

――転機になった出来事はありましたか?

製造現場の“ばらつき”をどう減らすか、に向き合った時期ですね。私は演出家をやっていたので「人を観察する」ことに慣れていたんです。工場に行って、みんなが帰ったあとに足跡を見たりして。安定している人は足跡が同じ場所に集中している。チェックポイントや作業の流れが一定なんです。逆に不良品が多く出てしまっている人は、足跡が散らばっていたりする。

そこから、再現性=良い商品、という考えが自分の中で確信になりました。「昨日より良いものを作る」も大事だけど、工業製品の世界は“同じものを同じ品質で出し続ける”のが価値。そのために、設備投資や仕組みづくりも含めて、会社の土台を整えてきました。

――組織づくりで大切にしていることは?

私はルールでガチガチに管理するのが苦手で、できるだけルールは少なくしたい。マナーの範囲で、指示されなくても動ける状態が理想です。ただ、属人化は放置できません。週休3日にしたことで、毎日誰かがいない。だから「あの人がいないとできない」をなくさないと回らないんです。例えば新入社員に、動画マニュアルを作ってもらったこともあります。社歴の長い人が“知っている側”に固定されると、ヒエラルキーも生まれやすい。みんなができることを美徳に変える。ここは意識してきました。

――外部人材の活用もユニークですよね。

コロナが大きな転機でした。仕事が減って、給料を上げるのも簡単ではない。そこで週休3日にして、空いた時間を「在宅でできること」や「個人のスキルアップ」に振り分けました。社員さんは資格を取るために勉強をしたり、ブログで記事を書いたり、商品企画をしてみたり。社内に知見がない領域は、外部の力も借りる。外部人材の仕組みは「KANMAKI MASTERS LEAGUE」と名付けていて、広報やデザインのプロがアドバイザーとして関わってくれる。私たちはチャレンジしたい。でも出すならプロレベルで出したい。だから、社内の挑戦を“続く形”にするために外の知恵を接続する感覚です。

――BtoCへの挑戦も、そこから生まれた?

そうですね。コロナ禍の流れで、メディア取材の機会が増えました。「デザインのひきだし」という雑誌が10年ぶりに箔特集をやるということで「面白い箔ありますか?」と聞かれて、遊びで試していた素材を見せたら反応が良くて。そこから1ヶ月で商品開発とECサイトの立ち上げをやったんです。「toCをやるぞ!」というより、チャンスに背中を押された。箔って身の回りにあるのに、意外と知られていない。だから、まずは「箔でこんなことできるよ」を伝えるポータルとして情報発信にも力を入れたいと思い、“箔”の魅力を伝える箔々 HAKUHAKUというWEBメディアもオープンしました。

遊び心があるからこそ、ものづくりは楽しい。

——家業イノベーション・ラボを知ったきっかけや、参加しようと思った動機を教えてください。

日経新聞の「スタ★アトピッチJapan」というコンテストの近畿地方大会に出場した際、家業イノベーション・ラボを運営されているエヌエヌ生命さんに「企業賞」を頂いて、実行委員の方々と繋がったのがきっかけですね。そうすると、実行委員の宮治さんとも20年前にお会いしていたりと、ご縁が重なって家業イノベーション・ラボに参加しました。その後、保谷さんに声をかけてもらって日蘭協業支援プログラム「MONO MAKERS PROGRAM」に参加したり、2024年のオランダスタディツアーに参加させてもらいました。

——印象に残っている出来事はありますか?

「MONO MAKERS PROGRAM」とオランダスタディツアー、両方とても印象に残っています。「MONO MAKERS PROGRAM」は日本の伝統産業を担う若手経営者を対象にしたプログラムで、海外のクリエイターと一緒に日本の伝統技術を活かした商品開発に取り組み、欧州進出をはじめとした販路開拓や知名度向上につなげるというものなのですが、当社はオランダ人アーティストのシグリッド・カロンさんと誰でも簡単に顔料箔を楽しめる「HAKU-HAKU Creative Toolbox」を開発しました。

オランダスタディツアーで現地に行った際、英語でプレゼンする機会もあって、選んでもらって代表として行く以上、何か掴まなきゃいけないな、と。常に何かを吸収して帰ろう、というマインドで過ごしていました。一番心に残っているのは、シグリッドさんの活動拠点でもあるティルブルグという繊維産業が盛んな街のテキスタイルミュージアムで見た糸のストックの棚。

例えば京都では環境配慮というと自然の色に溶け込んだ色を使うなど色の表現を抑えていくような文脈が強い一方で、蛍光色の糸がバーッと並んでいて。環境配慮という意識は持ちながら、遊び心があるからデザインは楽しいんだ、と再認識しました。例えば、グレーに蛍光イエローを合わせる配色も自分にとっては斬新で。オランダは曇りの日が多いから色で気持ちを明るくしているのかな、と思ったりも。そういう感覚は、色を扱うものづくりである私たちにとって、非常に大切だと認識させてもらいました。

——プログラムが終わった後、何か変化や大きな出来事はありましたか?

以前オランダスタディツアーに参加されていた紙器製造のモリタ株式会社(札幌)の近藤さんが、MONO JAPANという展覧会に出展していた時に私も一緒に出展していて。自分たちが作っているものを自分たちの手でヨーロッパや海外にチャレンジしていくという意識の部分が一緒の方がメンバーに居るのは心強く嬉しかったですね。

スタディツアーに行った時よりも行った後の方が大切で、何を持って帰ってきたのか、行った人間だからこそ得たことを発信したり形にするのが重要だと思っています。シグリッドさんと開発した商品はまだ販売には至っていないのですが、必ず世に出したいと考えています。

——家業イノベーション・ラボメンバーとのプロジェクト「ハクカクコ」も発足していましたね。

そうなんです。ハクカクコは、和紙卸販売の株式会社オオウエ(大阪)、紙器製造のモリタ株式会社(札幌)、顔料箔製造の私たちKANMAKI(京都) が紙製文具雑貨を企画開発するプロジェクト。家業イノベーション・ラボのコミュニティを通じてお話をする中で、ペーパーレス時代の中で紙文化を発展させることに意気投合し、今回のコラボが決まったんです。第一弾商品として、文具の人気イベント「紙博東京2024」で「和紙のメッセージカード」とボールペンで描ける箔「煌葉-kiraha-」を、人気イラストレーター高旗将雄さんの描き下ろしデザインの特製紙箱カードケースにセットした『伝書箱』を発売しました。こうやって仲間たちと一緒に商品開発をできるのも嬉しいですね。

——家業イノベーション・ラボならではだと感じるところは?

距離感がちょうどいいんです。熱量はすごいのに、恩着せがましくない。最初は「なんでここまでしてくれるんだろう?」と思ったくらい。でも、だからこそペイフォワードの意識が生まれる。ルールで縛らないのに、ちゃんとカルチャーがある。実行委員の方々の姿勢から伝わってくるんですよね。人数が増えるほど維持は難しくなると思いますが、内側から「この空気を守ろう」とする人が増えていくと、すごく強いコミュニティになると思います。

継ぐのではなく、つないでいく。「アトツナギ」という考え方。

――「箔をつけるシゴト」という言葉をWEBサイトなどでも拝見したのですが、久保さんは箔を生活の中に持ち込むことで、人の気持ちや行動がどのように変わっていくとイメージしていますか?

実は自分の会社を作った時に考えたキャッチコピーなんです。辞書で調べると「評価が高くなる。値打ちが上がる。」という意味なのですが、私にとって「はくをつける」というのは、単にモノを華やかにするというよりも、人や場にポジティブな空気を流す行為に近い感覚。演劇の仕事もそうでしたが、「面白い」と思ってもらえたり、「楽しかった」と言ってもらえる瞬間があると、その場の空気が少し変わるじゃないですか。人がちょっと前向きになったり、誇らしい気持ちになったりする。その感覚が、私はすごく好きなんだと思います。

箔が生活の中に溶け込んでいくことで、何か劇的な変化が起きるわけではないかもしれません。でも、たとえば自分が書いた文字が少しだけキラッと光るとか、手帳の一部に自分だけの表情が生まれるとか、そういう小さな体験が、「ちょっと気分が上がる」「今日、なんかいいことあるかも」という感覚につながっていく。その積み重ねが、人生を楽しむことにつながっていくんじゃないかと思っています。

――KANMAKIの箔という素材が、これからどんな領域や人たちと出会っていくと面白いと思っていますか?

ここ数年で、アート、クラフト、ものづくり、工業…といった境界はかなり曖昧になってきていると感じています。素材そのものが持つ力に惹かれて、ジャンルを超えてフックをかけてくれる人たちが増えてきた印象があります。

私自身、同じ業界の中だけで戦うというよりは、スタートアップや大企業、異分野の人たちと交わる「異種格闘技戦」みたいなことをずっと意識してやってきました。その中で感じたのは、共感性や熱量があるところにこそ、良い仕事が生まれるということです。数字だけに囚われていた時期もあり、賞を取っても売上に直結しない、という経験もしてきました。それよりも、「この素材、面白い」と本気で向き合ってくれる人と一緒に企画をつくったときの方が、結果的に良いものが生まれる感覚があります。

具体的には、ブランドオーナーをはじめ、デザイナーやアーティスト、クラフト作家、美術館のキュレーター、編集者など、「素材と対話できる人たち」に届いてほしいと思っています。プロのデザイナーと話すときに、共通言語があるかどうかってすごく大事で、そこが噛み合うと、箔という素材が一気に広がっていく可能性を感じるんです。

今はミュージアムショップから広げていく構想も描いています。美術館で作品を見て、心が少し動いた状態で、箔に触れる。そこに、工業素材としての箔とはまた違う意味が生まれる気がしています。

――これから家業イノベーション・ラボに、どんな人やサポートが増えると嬉しいですか?

正直、要望は特にないくらい、すごく充実していると感じています。だからこそ、あえて言うなら「非日常感」を楽しめる場所であり続けて欲しい。エヌエヌ生命さんが若手経営者や後継者のためにNN Shibuya Crossroadsというスペースをオープンしているのですが、家業イノベーション・ラボのメンバーは会員登録をすれば自由に使うことができるんです。渋谷のスクランブルスクエア44階にあるので、普段ローカルで仕事をしている人は行くだけで「非日常感」を楽しめるはず。そのギャップが新しい視点を連れてくる。そして、もらったものはペイフォワードで返していく。「日本のアトツギを見捨てないでください!(笑)」って冗談っぽく言いながら、でも本気で、長く付き合っていける仲間が増えたら嬉しいです。

——最後に、同じように家業を継ぐ立場の方々へメッセージをお願いします。

承継って、どうしても「親と子」「対立」「否定して乗り越える」みたいなテンプレートになりがちです。でも私は、そこから少し離れて、「アトツナギ」という感覚を大事にしたいと思っています。

私も入社した当初は、「自分が正しい」と思い込みやすかった。立て直しの局面では、前任を否定せざるを得ない瞬間もある。でもそれは、父がやってきたことを否定することにもつながってしまう。だから感情でぶつかるより、「次の世代がやりやすいように一緒に考えてください」というふうに進めていけると、もっと建設的な話ができると思うんです。

親から子へ30年ごとに交代、という形も、これからは変わっていくかもしれない。10歳若い人にバトンを渡すとか、親族じゃない人が引き継ぐとか。だからこそ、今の経営者世代も”自分の代で終わり”じゃなく、次の世代が走りやすいコースを整える視点を持つと、承継はもっと前向きになるはずです。