去る2021年3月11日、被災地域の復興とともに現在のコロナ禍においてのリーダーシップの発揮にフォーカスした特別セミナーを開催しました。これは家業イノベーション・ラボと公益社団法人東京青年会議所(以下、JCI東京)が初めてコラボレーションしたもので、今、まさに事業に邁進しようとする家業後継者から好評を得ました。そして、このたび、コラボレーション・イベントの第2弾として、2021年6月19日、「羽田イノベーションシティ HANEDA×PiO交流空間」を会場にオフラインで行われました。
企業は「稼ぐ力」と「サステナビリティ」を両立する時代へ
今回のテーマは、コロナ禍においてさらに重要性が増している「DX(デジタル・トランスフォーメーション)」と、長期的な企業価値を創造する経営視点として注目を集める「SX(サステナビリティ・トランスフォーメーション)」です。
DXは今や多くの人々に周知されているキーワードですが、これはただ単にIT化を促すものではありません。DXはデータやデジタル技術を駆使し、社会や顧客のニーズを反映した製品やサービスの提供はもちろんのこと、従来のビジネスモデルも改革していくことで、企業の競争力を持続的に高めていくというものです。
一方、SXは経済産業省も提唱している戦略指針で、不確実性が高まる現代において、「企業のサステナビリティ(稼ぐ力の持続性)」と「ESG(環境、社会、ガバナンス)」の観点から企業と投資家が対話を繰り返すことで、企業の中長期的な価値創造力を磨き、企業経営のレジリエンスを高めていこうというものです。世界的にもSDGsの達成につながる取り組みが企業の責務となっている今、今後のビジネスの世界では無視できない重要なキーワードといえます。
今回の特別セミナーでは前内閣副大臣で衆議院議員の平将明先生をお招きし、この2つのキーワードをもとに中小企業が今なすべきことをご講演いただきました。
平先生は2005年に東京4区より出馬し、現在5期目を務めています。ご実家は大田区青果市場で仲卸業を営み、平先生は1996年に家業の代表取締役社長に就任しました。また2003年にはJCI東京の第54代理事長に就き、リーダーとして組織改革に手腕を発揮されました。平先生は中小企業経営者として、資金繰りの苦悩や経営の厳しさを十分に理解した、私たちにとっては最も近しい国会議員といっても過言ではありません。
講演では、平先生ご自身の事業承継の経験はもちろん、世界的に知られている企業を例として挙げ、DXとSXの重要性を解いていただきました。もはや、これからの時代は、AIやIoT、ビッグデータがビジネスの主軸となり、そのデータを駆使して顧客に「+α」の価値を提供していかなければ生き残ることは難しい、すなわち、現在はデータ・ドリブン・エコノミー(データ駆動型経済)による革命の真最中なのだと。加えて、世界中の金融機関や投資家は、投資基準を企業の環境への配慮や、社会課題への貢献などにシフトしているといい、その網羅性を可視化するための指針はSDGsが掲げる17のゴールだと話してくださいました。
さらに、今はまさに大きな変革の時代を迎えていますが、このような時代こそ、イノベーションを起こすチャンスだと平先生はお話しされました。そして、そのイノベーションを起こす担い手こそ、家業後継者たちがふさわしいともおっしゃいました。なぜなら、すでに事業の実績があり、金融機関との交渉や課題解決の術も熟知し、何より、代々続いてきているという信頼があるからです。
ただ、そのためには本業を突き詰めて経営に向き合うことが大事だといいます。本業もままならない状態で、ほかに興味を持って始めても大概は失敗に終わってしまう。まずは家業を極め、その家業をベースにAIやIoTの世界に入るもよし、本業とは別の事業を立ち上げるもよし。本業さえしっかりしていれば、仮に失敗したとしても大きなダメージにはならず、むしろ、その経験が本業はもちろん、次のチャンレジの糧になると話しました。
そして、最後に家業後継者の皆さんへメッセージを送っていただきました。
「自分自身を深堀りし、事業を極めていくことは、新たな知見を得ることでもあります。それをベースに+αの要素を加えて本業を高めるか、もしくは本業で培ったノウハウをベースに新たな事業を起こすか。私は二つの足場を作ることは大事だと思っています。足場が1カ所だけだと上に跳ねるのも大変ですが、2カ所に足場があれば跳ねやすくなる。家業後継者の皆さんには、時代の潮流を捉えてDX、SXの文脈をしっかりと読み取り、新しいチャンレジをしてほしい。そして、さまざまな社会課題を解決するための社会起業家、経営者になってほしいと思います」
平先生は「DXは手段、SXは方向性」だとおっしゃいます。もし、これから新しいことにチャンレジとしたいと考えている家業後継者は、今一度、やりたいことがSXの文脈に合致しているかを確認してみてください。もしガチッとはまっているならば、自信を持って進めていく価値がありそうです!
SDGsは経営者と社員が一丸となって取り組むもの
第一部の平先生の講演終了後、休憩を挟んで行われた第二部では、家業イノベーション・ラボを共催するNPO法人農家のこせがれネットワーク代表理事である、株式会社みやじ豚の代表取締役社長・宮治勇輔さんをモデレーターにクロストークを開催しました。
ゲストは、非常用自家発電システムの設計からメンテナンスを主な事業とする株式会社ハタノシステムの代表取締役専務・波多野麻美さんと、栃木県さくら市でゴルフ場を経営する株式会社セブンハンドレッドの代表取締役社長であり、株式会社住地の代表取締役社長・小林忠広さんです。
≪左から波多野麻美さん、宮治勇輔さん、小林忠広さん≫
株式会社ハタノシステムは、波多野さんのおじいさまが戦後まもなく立ち上げた会社です。2003年に入社後、代表取締役社長を務めるお兄さまとともに「自分以外の誰かを大切にする世の中をつくりたい。」をビジョンに掲げ、ソーラー発電やバイオマス発電のシステム事業を推進するなど、社を挙げて積極的にSDGsに取り組んでいます。
小林さんは家業であるゴルフ場の運営を26歳で承継し、当時は企業としての理念もミッションもビジョンもなく、社員たちも何のために働いているのかさえ曖昧だったそうです。そこで、小林さんはまず会社のビジョンを作るところから始めたといいます。今は社員とともに作った「みんなの幸せを実感できるゴルフ場」というビジョンのもと、700個(セブンハンドレッド)の施策にトライしています。また従来の概念を覆し、地元自治体や企業などと連携してゴルフ場の有効活用に取り組む一方で、最近では廃業した地元のホテルの運営を引き受けるなど、新たな事業にも積極的に展開しています。
クロストークは、実際にリーダーとして経営に携わる波多野さんや小林さんが、どのようにDXやSXに取り組もうとしているのか、さらには経営者に必要とされるリーダーシップや人事制度にまで話は広がり、内容の濃い時間となりました。
その中で最も注目したのは、SXは経営者のトップダウンでは進まないということ。また意図する方向へと進めていくためには、社員一人ひとりが同じ目標、ビジョンを共有しなければならないということでした。
波多野さんは社員が異なった解釈をしないように、75年前に創業者が作った社是「誠実と奉仕」を今の時代に合わせたビジョン、ミッション、バリューに表現し直したといいます。そこに大きく関わってきたのがSDGsの17項目です。今では細かく設定されたビジョン、ミッション、バリューは社員の共通認識となり、一丸となってSDGsに取り組む姿勢は企業価値の向上につながっています。
波多野さんは「社員一人ひとりがSDGs思考を持ち、自分の身近な業務から取り組んでいく。それがアメーバ的に広がることで何かしらの化学反応が起きて、それがイノベーションのきっかけになるのが理想的」といい、そのために必要なのは個々の社員の意識に尽きるとお話されました。
小林さんはまだまだこれからと謙遜しつつも、最近の変化として社員たちから自発的にSDGsへの取り組みについて話が出てくるようになったといいます。それは自分たちが楽しく過ごすためにも必要だということに、社員一人ひとりが気づき始めたからです。そうなると次はその思いをどう事業につなげていき、社員の所得へと還元していくのか。これが今、小林さんに課せられたテーマだとお話しされました。
波多野さんは、これまでの経営においては、自社が社会に対してどのような影響を与えているのかを意識させるものではなかったといいます。しかし、いわゆるジェネレーションZ世代が入社するようになり、企業の社会貢献度の可視化が求められるようになりました。また経営者を始め、そこで働く人々が会社の存在意義や価値を知らないのはもったいないことであり、その存在意義や価値をどう表現していくかは非常に大事なことだと話しました。なぜなら、それが社員の仕事への誇りとなり、働くモチベーションを高めていくことになるからです。経営者自ら、企業の存在価値を言葉にして発信していくこと、そういった機会を提供していくことも重要だと波多野さんは語りました。
波多野さんと小林さんの現在進行形の取り組みが具体的に語られたクロストーク。お二人の言葉を聞いていると、SXへの取り組みは日々の積み重ねが重要であり、そうすることで初めて結果がでるのだということがよく分かります。そして、SDGsは大企業だけの取り組みではなく、中小企業も自社ができる解決への貢献を探索していく必要があります。SXは経営者自身が意識を変えることから始まります。家業後継者の皆さんもまずは自社の取り組みや強みを洗い出し、サステナブルな社会に向けて一歩踏み出せる方向を探してみてください。