【家業イノベーション・メンバーズボイス vol.6 山岸 保喜さん】越前和紙を、暮らしの中へ。“話してみる”ことから始まった、家業ラボとのご縁。

家業イノベーション・ラボに参加している家業イノベーターたちがどのようにプログラムを活用し、実践しているのかを深掘りする「家業イノベーション・メンバーズボイス」。参加のきっかけや初めて参加したプログラムから、印象に残ったプログラムで得た気づき、そして実際に成果を上げるためのポイントまで、皆さんの挑戦をサポートする実践ガイドとしてお届けします。

今回は、株式会社山岸和紙店の専務取締役 山岸 保喜さんにお伺いしました。


<プロフィール>

1949年創業、越前市今立地区に拠点を構える産地問屋〈山岸和紙店〉の専務取締役。兄・山岸大祐社長と“ツイン体制”で3代目を担う。大学で経営工学を学ぶ一方、PhotoshopやIllustratorに触れデザインに目覚める。卒業後は眼鏡デザインの会社にて眼鏡・販促物の制作に従事したが、2014年退社。その後、山岸和紙店に入社し、入社後3年は和紙へのシルクスクリーン印刷を担当し、原料調合や和紙への印刷技術を体得。2017年、創業者名を冠したブランド〈Sogoro〉を立ち上げ、懐紙・カミノカケラなど“普段使い”路線を開拓。東京のクリエイターチームと開発した掛け軸シリーズ〈JIQUU〉など、伝統技術にデザインの息吹を注ぎ“温故創新”を体現している。

■WEBサイト:https://washism.com/

■「Sogoro」ブランドサイト:https://store.washism.com/

「和紙の未来が危うい」——危機感から生まれた気づきとブランド。

――元々家業を継ごうと思われていたのでしょうか?

実はまったく考えていませんでした。大学では“経営工学”を専攻していたんですが、実はその中のマルチメディアコースが面白くて。PhotoshopとかIllustratorを触ってる時間がとにかく楽しかったんです。そこからデザインをする仕事に興味を持ちはじめて、地元福井で眼鏡の企画・デザインをしている会社に新卒で入社しました。職場では眼鏡を始め、POPなどのデザインも担当させて頂き、眼鏡の基礎を実践で習得しました。2006年に山岸和紙店の創業者である祖父から「会社を手伝ってくれないか」と声を掛けられ、少しでも自分の知識やデザインで家業の手伝いが出来ればと考え、2007年に家業へ入社しました。

――入社後はどのような仕事をされたのでしょうか?

まずは何千種類もある和紙の種類を覚えるのが大変でした。今でも怪しいですが。そこから和紙へのシルクスクリーン印刷を担当しました。襖紙への印刷や紋押し印刷がメインで、大きなものだと1m×2mを越える和紙への印刷もありました。気温や湿度に合わせての原料の調合とか色合わせとか、その日によって全く異なる手触りや仕上がりになるので、最初は全く思うように出来ませんでした。失敗して和紙もいっぱい無駄にしちゃいましたね(笑)。現場での試行錯誤の中で、素材への理解が深まり、和紙印刷の難しさを学ばせてもらいました。

――お兄さん(山岸大祐さん)が社長となり、“ツイン体制”で3代目を担われているのは、全国的に見ても珍しいですよね。

はい、気づけばそんなふうに並走している感じですね。もともと兄とは「一緒に家業をやろう!」みたいな話をしたこともなかったんです。小さい頃から、すごく仲が良かったわけでも悪かったわけでもなくて、殴り合いのケンカもなければ、恋愛の話をするような間柄でもない(笑)。3つ歳が離れていて、自然と“付かず離れず”の距離感で育ってきたんですよね。でも、気づけばそれが今の仕事にもいいバランスで作用していて。基本、問屋としての業務は共同で行い、その中で兄は営業や出張まわりが中心で、企画やデザインの依頼があれば僕が担当しています。どちらかが上に立つというより、それぞれが自分の強みを活かして動くような関係性です。お互い、あまり多くを言わないタイプというか、言いたいことがあっても“会社として言うけど、人としては言わない”みたいな(笑)。だからこそ、ぶつかることもなく、冷静に協力し合えるのかもしれません。代表と専務という立場はあるけれど、“ふたりで回している感覚”が強いですね。

――働いてみて最初に感じた課題はどんなことだったのでしょうか?

入社してすぐに感じたのは、「和紙の未来が危うい」ということでした。山岸和紙店のような産地問屋は、もともと障子紙や襖紙などの内装材を主に扱ってきた歴史があります。越前は大きな紙を漉くのに適した土地柄で、そういった商品がずっと主力だったんです。でも今、和室そのものが減ってきている。昔はどの家庭にもあったような畳の部屋が、今では一軒家でも減ってきていて、旅館やお寺くらいしか使わないという状況です。ペーパーレスやクラウド化も進み、紙が日常で使われる場面がどんどん減っているのを実感しました。手紙よりメール、ノートよりスマホ。紙が“特別なもの”になってしまったんですね。

「人」との出会いを、大切にし続ける。

――そんな中、2017年に創業者名を冠したブランド〈Sogoro〉を立ち上げられたのですね。

はい。当時は、和紙の使い道がどんどん限られていく中で、「これから先、自分たちの紙は誰に届けられるんだろう?」という漠然とした不安がありました。和紙の品質や技術には自信があるけれど、現代の暮らしの中で使われる場面が少なくなってきていると。和紙が“特別なもの”としてしまわれて、日常から遠ざかってしまうのはもったいないと思っていました。

だからこそ、「和紙をもっと身近に感じてもらえるものにできないか」と考えて、普段づかいできる懐紙やメッセージカード、小さな和紙の詰め合わせなどを展開する〈Sogoro〉を立ち上げました。ブランド名には、創業者である祖父の名前を冠していて、「伝統を引き継ぎながら、新しい形に挑戦する」という意思を込めています。

ありがたいことに、季節ごとにデザインが変わる懐紙にはファンがついてくださって、ギフトや日常のちょっとした場面で越前和紙を使ってもらえるようになりました。「これかわいいね」と幅広い層の方々に手に取ってもらえるような存在を目指しています。

――東京のクリエイターチームと開発した掛け軸シリーズ「JIQUU(ジクウ)」も素敵ですね。

ありがとうございます。〈JIQUU(ジクウ)〉は、福井の伝統工芸を現代のスタイルに合わせてアップデートしていくということを目的とした県のプロジェクトに参加させて頂き、デザイナーさんと協働して作った商品です。今の住宅には和室がなかったり、床の間がなかったりと、掛け軸を飾る場所自体が減っているんですよね。でも、よくよく考えると、絵やポスター、アートパネルは飾るのに、なぜ掛け軸は“遠い存在”になってしまったんだろうと。

そこで、もっと現代の空間に馴染むように、サイズ感やデザイン、紙の使い方も含めて、あえて「これまでと違う掛け軸」を目指しました。実際に展示すると「こんなの初めて見た!」という声を多くいただいて、「これなら飾ってみたい」と言ってくださる方が増えてきました。昨年は13本ほど販売できて、目標としていた年間売上も達成できたんです。お客様の中には、韓国やタイ、スイスの方など海外の方もいらっしゃって、海を渡って〈JIQUU(ジクウ)〉が飾られていると思うと嬉しくなります。伝統と今の暮らしの間にある“距離”、また日本と海外との“距離”を越前和紙を通じて少しでも縮められたらいいなと思っています。

——家業イノベーション・ラボを知ったきっかけや、参加しようと思った動機は何ですか?

福井商工会議所の青年部(福井YEG)に所属していたとき、例会で家業イノベーション・ラボの主催団体の一つである、NPO法人農家のこせがれネットワーク 代表理事 宮治さんの講演を聞き、存在を初めて知ったんです。すごくエネルギーのある方で、「家業ってこんなに前向きに捉えていいんだ」と思わせてもらえたのが印象的でした。その後、メンバーだった久保田製菓有限会社の久保田さんに声をかけてもらって、ちょうど福井に来ていた実行委員の保谷さんとお会いすることになりました。喫茶店での初対面でしたが、すごく気さくな雰囲気で。そこから「ギフトショーに出ている人たちとつなぎますよ」と言っていただいて、自然な流れで家業イノベーション・ラボと関わるようになっていきました。最初から「がっつり参加するぞ!」という気負いがあったわけではなく、ご縁の中で少しずつ距離が近づいていった感覚です。

——家業イノベーション・ラボでの出来事で、特に印象に残っていることはありますか?

やっぱり一番記憶に残っているのは、東京ギフトショーの場での出会いや交流ですね。とくに、家業イノベーション・ラボのメンバーである西塚さんとの関わりが強く印象に残っています。何度も僕のブースに足を運んでくれて、最終的には「会社にも行ってみたい」と、三重から福井まで同じくアトツギさんであるマルキ商事の荒木さんと一緒に来てくれたんです。そのときに工房を案内して、紙漉きの現場を見てもらったり、一緒に古材を和紙に漉き込む試作をしてみたり。普段の仕事の中ではなかなか生まれないような、新鮮でクリエイティブな時間を過ごすことができました。たくろうさんは何事にも情熱を持っていて、おもしろくってほんといい人で。繋いで頂いた保谷さんには本当に感謝しています。

自分の中では“イベントに参加して学ぶ”というより、“人と出会って一緒に動いてみる”という感覚が強くて。こうやって自然な流れでつながれるのが、家業ラボの一番の魅力だと思っています。

どのように付加価値を加え、伝え、届けていくか。

——どんな方との出会いや、学び、サポートがあると嬉しいなと思いますか?

正直なところ、「これをやってほしい」と強く思っていることは実はあまりなくて。今でも、家業イノベーション・ラボは同じような世代、2代目・3代目の方々が多く、自然な距離感でのつながりができていると思います。仕事の延長線上でコミュニケーションが生まれたり、必要なときにふっと相談できる雰囲気があって、すでに十分ありがたい場になっているなと感じています。

そのうえで、あえて言うなら「価格」についての学びはもっと深めてみたいです。今は原材料費も加工費もどんどん上がっていて、ただ高く売ればいいという話でもなく、きちんと“価値に納得してもらえる価格設定”が求められていると思うんです。

——様々な原価が上がっている中、後継ぎの方も「価格」について気になっている方は多そうですね。

僕自身、商品を作るときは、関わってくれた人の分までちゃんと価格に反映したいと考えています。そのうえで、どう付加価値を加えて、どう伝え、どう届けるか。そういったテーマを突き詰めている方、たとえば“富裕層向けのプロダクト”や“高級ライン”をしっかり展開しているような方のお話はすごく聞いてみたいですね。

以前、ギフトショーで超富裕層向けのフリーペーパーを手がけている方がいて、ターゲットが「年収○千万円以上」みたいに明確だったのが印象的でした。そういう超VIP層に向けてサービスを作っている人って、どういう視点で商品を設計しているのか、どう魅力を伝えているのか、とても気になります。自分たちの素材や技術を、どう“世界に届くカタチ”に仕上げていくのか、学べる場があると嬉しいなと思います。

――今後の展望を教えてください。

卸売業としてもブランドとしても、これまで立ち上げてきたものをしっかり継続していきたいと考えています。ただ、正直なところ、いま一番大きな課題は“供給側”です。和紙の需要自体は縮小傾向にありますが、それ以上に深刻なのが、生産できる工房そのものが減ってきていること。高齢化や設備の老朽化で、「もう漉けない」と廃業してしまう工房も少なくありません。

越前を拠点にしているのはもちろんなんですが、今後は全国の他産地の紙も扱うことで、ラインナップを安定させていく必要があると思っています。頼んだらすぐに「やるよ」と言ってもらえる時代じゃない。供給先をどう確保していくかは、本当に大きなテーマですね。

商品開発については、「ゼロから新しいものを作る」というより、“今ある和紙にどんなエッセンスを加えられるか”に重きを置いています。たとえば、パッケージ、ストーリー性など。紙そのものの魅力はすでにあるので、それをどう“手に取ってもらえる形”に仕立てていくかが鍵だと思っています。

ギフトショーなどの展示会を見ていても、真新しいプロダクトって実はそんなに多くなくて、でも「パッケージがかわいい」とか「背景が面白い」といった“入口の魅力”で手に取ってもらえることは多いんですよね。そういった商品開発にこれからもしっかりウェイトを置いていきたいです。

――最後に、同じように家業を継ぐ立場の方々へメッセージをお願いします。

家業って、“こういうものだ”って固定観念で見られることも多いと思うんです。でも、自分の言葉で話してみると、『それ面白いね』って反応が返ってくることがある。自分では普通だと思っていることが、誰かにとっては新鮮ですごく価値あるものかもしれません。僕自身、人見知りではないけど、人前で話すのは得意じゃない。だからこそ、背伸びしなくても入れる家業イノベーション・ラボのような場があるのは本当にありがたいです。迷っている人も、まずは出会った人と対話をしてみてください。話すことで自分の技術や日々の仕事の意味がわかってくるし、誰かが拾ってくれる。それが家業の新しいスタートになると思います。