家業イノベーション・ラボに参加している家業イノベーターたちがどのようにプログラムを活用し、実践しているのかを深掘りする「家業イノベーション・メンバーズボイス」。参加のきっかけや初めて参加したプログラムから、印象に残ったプログラムで得た気づき、そして実際に成果を上げるためのポイントまで、皆さんの挑戦をサポートする実践ガイドとしてお届けします。
今回は、丹波農産株式会社 代表取締役 大西 康太さんにお伺いしました。
<プロフィール>
1991年丹波篠山生まれ。大学卒業後、大阪でIT・マーケティング企業に勤務したのち、2017年にUターンして家業である丹波農産株式会社に入社。帰郷から半年で顧客の若返りが必要だと感じ、丹波黒大豆を現代の暮らしに合う形で再定義し、2018年に新ブランド「霧の朝」を立ち上げ。2019年に代表取締役に就任。現在は丹波黒大豆の乾物や秋の枝豆の販売をはじめ、「霧の朝」「波部黒乃庄」などのオリジナル加工品の企画、販売を行いながら、店舗の拠点づくりや自社生産などの新たな挑戦を進めている。
■WEBサイト:https://tanbanousan.co.jp/
■「霧の朝」ブランドサイト:https://kirinoasa.com/
継ぐだけではなく創る。「霧の朝」ブランドで挑む家業再生。
――元々家業を継ごうと思われていたのでしょうか?
意識したきっかけは中学校の総合学習の時間でした。進路を考える中で親に話を聞いてみたら、父に「継いでくれたらいいかな」とぽろっと言われたんです。高校までは小学校から野球漬けで、あまり家業を継ごうとは考えていなかったのですが、高校で野球をやり切った感覚があって、この先したいことが特になかったんです。大学は経営を学べそうな高知の大学に進学したのですが、ちょうど地域創生・地域活性化などがブームになっていた時期で、地域のために何かできたらいいなと思い、家業へ戻るのも良いなと考えるようになりました。
――Uターンをされた一番の理由は何だったのでしょうか?
大学卒業後は大阪のIT系マーケティング会社に就職しました。田舎の中小企業はITに弱いので、マーケティングの会社に行って知識を持ち帰れたらと思ったんです。でも配属されたのが管理系の部署で、社内のインフラ周りを整える仕事でした。社内の人がどうしたら快適に過ごせるだろう?という社内向けの仕事で、マーケティングを学びに行ったのに企業案件に関われず、また自分自身の力不足を痛感する日々で、悶々としていました。
10年くらい働いて戻ろうと思っていたんですが、帰省した時に父から「10年も待てない」と言われたことや、父の体調があまり良くなかったこともあって、区切りをつけて実家に戻りました。
――働いてみて最初に感じた課題はどんなことだったのでしょうか?
最初に気になったのは、ネットワークがめちゃめちゃ遅かったことです(笑)。資料をダウンロードするのに20分くらいかかって…。社内ネットワークを光回線に変えるところから始めましたね。
商品も昔ながらで、半年働く中でオンラインショップの販促を任されたんですが、お客様も高齢化していて、自分も欲しいと思う商品がなかったんです。このままではお客さんもいなくなってしまう。次のお客さんを作っていかないと先がないんじゃないかと思いました。決算書を見るとリーマンショックから売り上げが下がっていることもわかっていました。2017年に入社して半年後くらいには顧客層の若返り・併せて商品ラインナップの若返りも必要だと感じ「何かしないと」と思っていました。
――「霧の朝」ブランドはどのようにして生まれたのですか?
地元に移住されていたディレクターの方と出会い、その方がノウハウを持っていたんです。デザイナーや加工品に変えるOEM先も繋いでくれました。一次産業にも理解のある方々で、商売という付き合いよりも、お互いを理解し合える関係性を築けました。
「霧の朝」というネーミングもディレクションしてくれた方が考えてくれたものです。丹波篠山市は秋から濃い霧が出て、目の前が真っ白になるほど。それが農作物にも良い影響を与えて、朝日が差し込んで霧が消えていく景色が綺麗なんです。その情景と、地域に「霧」がかかっていたものに「光」をさしていきたいという意味合いが込められています。いろんなものを「霧の朝」というブランドにのせていきたいと思いました。
――2019年に代表に就任されたとのことですが、家業を継ぐことになったきっかけを教えてください。
父が亡くなってしまったのが理由の一つですね。どちらにせよ代表に引き継ぐ前提で帰ってきていましたが、父が大きく体調を崩してしまって一年足らずで亡くなってしまい、バタバタと引き継ぎをしました。丹波黒大豆の不作やコロナなどもあり、経営的にも非常に厳しい局面を迎えたこともあり、2022年3月に一部事業譲渡をして運営しています。
経営判断の岐路で見つけた、背中を押してくれる場所。
——家業イノベーション・ラボを知ったきっかけや、参加しようと思った動機は何ですか?
2021年に「霧の朝」で出展したある展示会で事務局の保谷さんが立ち寄ってくれて、「2代目なんですね」と声をかけてくれたんです。こういうコミュニティがあると教えてもらって参加しました。ちょうどオンライン系のコミュニティにもアクセスしやすい時期で、2019年末に父が亡くなった後の2020年、2021年は迷いながら経営していました。どう舵取りをしていこうかと不安になる中で、藁をも掴む思いでそういうところに顔を出してみたんです。
——最初に参加したプログラムやイベントはどんなものでしたか?その時の感想や印象に残ったことを教えてください。
「家業イノベーション・ガイダンス」に参加しました。説明を受けるだけかと思ったら、他にも経営者の方もいて「質問ありませんか?」と話をふられてびっくりしました(笑)。事務局の方に「発信してみませんか?」と声をかけられて、スピーカーとしてギャザリングにも参加しました。
——参加した中で、特に印象に残っているプログラムやイベントはありますか?
オンラインで行われるギャザリングは気になるキーワードがあればできるだけ参加するようにしています。デザイン経営などのホットワードも取り上げてくれていて学びになります。田舎にいるとそういうことを対面で学ぶ機会が限られていますから。
一番印象深かったのは、ガイダンスでもらったアドバイスですね。ちょうど経営判断で迷っていた時期だったんです。コロナもあり、豆の不作もあり、従業員の固定費は高い。会社も閉じてしまおうかという時に「実は事業譲渡・縮小も考えているんですけど、どう思いますか?」と相談した時に「いいと思うよ」とポジティブに背中を押してくれたんです。それが決断の一押しになりました。
体育会系のコミュニティとは違って、家業イノベーション・ラボは違う選択肢も受け入れてくれる。自分のやっていることが良いのか悪いのか分からない状態だったので、背中を押してもらえる場所があるのはとても大きかったですね。フラットな温度感があって、あたたかくて質問もしやすい、回答も親身で尖っていないところが良かったです。
地域を「愛でる」。丹波農産が目指す新たな価値創造。
——家業イノベーション・ラボの強みや、特に良かったと感じる部分を教えてください。
同じ課題感を持っている人たちが集まっていて、温度感が近いことですね。等身大で相談できて、回答してくれる。「こんな相談しちゃっても良いのかな」と思うようなことでも受け入れてくれる、優しいコミュニティです。
ギャザリングも良かったです。高橋さん(高橋食品、茨城県)が店舗を設けられた時に、詳細を聞きたいとお願いしたらすぐにギャザリングを開催してくれました。コミュニティ参加者のやりたいことを企画してすぐに実現してくれる事務局の対応力も素晴らしいと思います。
当事者を呼んで、経験者に話をしてもらうリアリティがあるのも良いですね。居心地がちょうど良く、必要がある時に頼ることができて、困った時に助けてもらえる場所だと感じています。
——どんな方との出会いや、学び、サポートがあると嬉しいなと思いますか?
MBA的な、経営を科学的に捉える学びがあると嬉しいです。特に経営の数字面、財務についてです。連続講座でも一回のセミナーでも良いので、数字の組み方や経営の組み方、経営状況の現在地を知るためのノウハウを持った専門家の講座があると良いですね。
帰ってきて父がいなくなって、現状何も分からない状態でした。数字で会社の現状を掴める力が欲しいんです。自己資本比率などの決算書の数値が出ても、これがどういう数字なのか、どう判断すれば良いのかという決算書分析・財務諸表の読み方、視点を学べる機会があると助かります。
――今後の展望を教えてください。
2022年3月の事業譲渡後、一旦リセットして仕切り直し、コンセプトやビジョンを表現していこうとリブランディングに取り組んでいます。「霧の朝」は7〜8年目になりますが、売上のメインは卸売でした。でも卸売には限界を感じ、自分たちで販売していける力をつけるために、店舗という拠点を作ることにしました。それを起点に広がりを持たせて、よりブランド力を高めていきたいと思っています。
会社には大きな敷地があるので、2025年7月中旬のオープンを目指して準備しています。観光客の方など外からの方に来てもらうのも一つですが、地元の方々にも来てもらいたい、地域に寄与することもしたいですね。最近は「地域を”愛でる”とはどういうことなのだろう?」という問いを深く考えています。どうしたらそういう気持ちが育まれるのか? 地域に対する無償の愛情、誇りというより愛情を持つことの大切さを考えるようになったんです。帰ってきた理由の一つは、会社の目の前に広がる風景の美しさでした。それらは地域の人たちの手が入ることで保たれていて、そういう手を入れ続けたいと思える場所を考え、次に繋げていきたい。農業・一次産業、地域のコミュニティ、繋がりを大切にして、丹波農産が起点になって地域に良い影響を与えられる場所や機会を作りたいと思っています。
また、2〜3年前から農業支援事業も始めています。不作で苦しんでいる農家さんをサポートするだけでなく、2023年に新しく入った30歳のメンバーが「自分たちで作ろう」と言い出して、今年から生産自体にも取り組み始めました。これによって農業や地域に対する解像度や当事者性もより一層上がっていくと思います。
――最後に、同じように家業を継ぐ立場の方々へメッセージをお願いします。
家業を継ぐということは必須ではないと思っています。家業に入る大変さ・辛さもあるし、継ぐ責任、閉める責任もあります。無理に継がなくても良いと思うんです。
家業はツールの一つ、やりたいことの実現に使えるものだと捉えることができます。やりたいことを見つけられるリソースとして家業を捉えてみてください。そういうことを探る・整理するのに家業イノベーション・ラボのメンバーの家業後継者の方々の話を聞くのは非常に役立ちます。
迷ったまま参加しても大丈夫です!ただ、迷ったまま引き継ぐのが一番良くないと思います。家業には熱量・愛情が必要で、いろいろなものを背負いながら決断していかなければいけません。自分にとっても社員、取引先、また家族に対しても良くない結果になりかねません。そういう想いが沸き立つ状態で家業に入るのが理想だと思ってます。