家業イノベーション・ラボに参加している家業イノベーターたちがどのようにプログラムを活用し、実践しているのかを深掘りする「家業イノベーション・メンバーズボイス」。参加のきっかけや初めて参加したプログラムから、印象に残ったプログラムで得た気づき、そして実際に成果を上げるためのポイントまで、皆さんの挑戦をサポートする実践ガイドとしてお届けします。
今回は、石田製本株式会社 製本アドバイザー・今村 琢さんにお話を伺いました。
<プロフィール>
札幌市出身。大学卒業後、函館トヨタに入社し、自動車営業に約5年間従事。入社当初は苦戦しながらも、人との関係を築くことを大切にし、35歳以下のリーグで4年目には新車販売トップの実績を残した。その後、母親の再婚相手が経営する石田製本株式会社から声をかけられ、同社へ入社。現在は営業を中心に、個人の本づくり、自社商品の企画、イベント出展など、従来の製本会社の枠を越える仕事にも携わっている。第6回アトツギ甲子園への参加や「アトツギスナック」の開催など、社外に向けた発信やアトツギ同士の場づくりにも取り組む。
■WEBサイト: https://i-bb.co.jp/

一枚の紙を、長く残る一冊へ。製本はものづくりの「最後のフィニッシャー」
――――まずは現在の家業について教えてください。
石田製本は、1936年に創業した製本・印刷会社です。書籍の上製本や並製本をはじめ、オンデマンド印刷、アルバム、フォトブック、自費出版など、さまざまな本づくりを手がけています。もともとは印刷会社から依頼を受けるBtoBの仕事が中心でしたが、現在は個人のお客様から「こんな本をつくりたい」という相談を受けたり、幼稚園の卒園アルバムを制作したり、自社商品を企画したりと、仕事の幅が広がっています。僕自身は営業が中心ですが、商品企画やイベント出展、今後の社内教育について考えることも増えてきました。
――「製本会社」と聞くと、一般の人には少しイメージしづらい部分もあると思うのですが、わかりやすく説明するとどんな仕事になりますか?
本づくりの流れを考えると、わかりやすいと思います。まず、どんな内容の本にするかを考え、デザインして、紙に印刷します。ただ、印刷された段階では、まだ一枚一枚の平面的な印刷物です。それを折り、順番に重ね、綴じ、表紙をつけ、一冊の形にするのが製本会社です。僕は製本を、本づくりの「最後のフィニッシャー」だと説明しています。
機械だけで仕上げられるものもありますが、複雑な綴じ方や特殊な仕様では、職人が手作業で対応します。本の用途や紙の厚さ、開き方などによって最適な方法が違うので、オーダーメイドに近い仕事でもあります。
――石田製本ならではの技術や強みは、どこにあるのでしょうか。
難しい製本にも対応できることだと思います。創業当時は、今のような機械がほとんどなかったため、多くの工程を手作業で行っていました。時代が変わり、本や雑誌を大量につくる仕事が減っていくなかでも、その技術は会社に残っています。
社史や記念誌、手帳など、長く使われる本にも多く関わってきました。石田製本はもともと帳簿など、重要な記録を残す仕事から始まった会社です。記録を残す本が、途中で壊れてしまってはいけません。本の目的を考え、長く使える製本方法を提案することは、昔から大切にしてきた考え方です。
――「アトツギ甲子園」に出場した際に掲げていた「本から広がる紙文化」というテーマには、どのような思いが込められていますか。
本だけにこだわるのではなく、製本の技術から生まれるものを、もっと広く捉えて未来に残していきたいという思いがあります。ノートやダイアリー、ZINE、アルバムなど、製本技術があるからこそ形にできるものはたくさんあります。職人たちにも、自分たちが持っている技術は価値のあるものだと、もっと自信を持ってほしいんです。
技術を守らなければならないという使命感だけでは、苦しくなってしまいます。自分たちの技術を使って面白いものをつくり、「製本って楽しい」と感じてもらうことも大切だと思っています。

継ぐ覚悟は、働くなかで育っていった。
――石田製本に入社する前は、函館トヨタで営業をされていたそうですね。
人と話したり、人に会ったりすることが好きで、小学生の頃から営業の仕事に興味がありました。小学校の卒業文集には、将来の夢として「サラリーマン」と書いていたくらいです(笑)。
大学卒業後は函館トヨタに入社しました。自分を厳しい環境に置いて試してみたいという気持ちもありました。ただ、最初は本当に車が売れませんでした。函館には友達もほとんどいなくて、入社して1カ月くらいで心が折れました。
そのなかで、車を売るには、まず人との関係をつくることが必要だと気づきました。耐えて続けることで、気付けば色々な縁に支えられ、4年目には新車販売でトップを取ることができました。
――そこから石田製本に入ることになった経緯を教えてください。
僕の母が再婚した相手が、現在の石田製本の社長です。僕はいわゆる「生まれたときから家業があった後継者」ではありません。母親の再婚によって、後から石田製本という会社と出会いました。
トヨタで働きながら、この先も同じ仕事を続けるのか、違うことをするのかを考えていた時期に、石田製本へアトツギとして来ないかと声をかけてもらいました。印刷業界が厳しい状況にあることは知っていましたが、違う仕事をしてみたいという気持ちもあり、ほとんど二つ返事で入社を決めました。
――その時点で、「自分が会社を継ぐ」という意識はあったのでしょうか。
母から「会社に後継者がいない」とは聞いていたので、石田製本に入れば、いずれ自分が継ぐことは意識していました。ただ、今振り返ると、当時はそれをまだ現実的な問題として捉えきれていなかったと思います。会社の仕事も今ほど減っておらず、経営環境も現在ほど厳しくなかったため、比較的楽観的に考えていました。
会社を経営することがどういうことなのか、社員の生活や仕事、積み重ねてきた技術を背負うことがどういうことなのか。その責任の重さまでは、まだ具体的に想像できていませんでした。
――その意識が変わった転機は何だったのでしょうか。
本格的に会社を継ぐことを考えるようになったのは、ここ2〜3年です。
会社にとって非常に大きな仕事がなくなりました。その影響は長く続き、会社全体で、これからどうするのかを考えなければならなくなりました。
仕事がなくなったことだけを見るのではなく、なぜその状況に備えられていなかったのか、次の仕事をつくる準備ができていたのかを考えるようになりました。もし自分が社長だったら、起きたことをすべて背負い、次の判断をしなければなりません。こういう状況で腹をくくるのが、経営者なのだと思いました。アトツギになると決めて会社に入ったというより、働き、問題に向き合うなかで、少しずつ「アトツギ」になっていった感覚に近いです。

つくるだけでは、届かない。だから、自分たちで伝えにいく。
――石田製本がBtoCや自社商品に取り組むようになった背景を教えてください。
もともと石田製本は、印刷会社から依頼を受けて製本するBtoBの仕事が中心でした。ただ、オンライン化が進み、紙の需要も減っていくなかで、受注を待っているだけでは仕事が減っていきます。自分たちで新しい仕事を見つけなければならないという危機感がありました。2010年頃にオンデマンド印刷機を導入し、小ロットの印刷や個人向けの仕事にも取り組むようになりました。
そこから幼稚園の卒園アルバムの仕事が始まり、現在では会社の売上を支える大きな事業に育っています。個人から自費出版やフォトブックの相談をいただくことも増えました。
――自社の文房具ブランド「booco」などの取り組みには、どのような意味がありますか。
boocoは、職人がつくるハードカバーのノートやダイアリーを展開する自社ブランドです。従来の製本の仕事では、印刷会社から依頼を受け、仕様に合わせて商品を仕上げます。もちろん、その仕事は会社の大切な土台です。
一方で、自社商品では、どのようなものをつくるか、誰に届けるかを自分たちで考えなければなりません。商品企画やデザイン、売り方まで関わるので難しさもありますが、自分たちの技術を自分たちの言葉で伝えられる面白さがあります。AIRDOとのオリジナル商品づくりなど、企業とのコラボレーションにもつながっています。
――イベント出展を通じて、印象に残っている出来事はありますか。
紙博に出展した際、ブースに来たお客様から「この商品、買いました」と声をかけてもらったことがあります。AIRDOと一緒につくった商品で、実際にどれくらい売れているのか、使った人がどう感じているのか、僕たちにはなかなか見えませんでした。受託の製本では、完成した本を使う人の声が、工場まで届く機会は多くありません。だからこそ、商品を手にした人から直接反応をもらえたことが、とてもうれしかったです。
自分たちがつくったものが、誰かに届いている。その実感を持てることは、自社商品やイベント出展に取り組む大きな意味だと思います。

表に出ることで、会社の価値も自分の覚悟も見えてきた。
――家業イノベーション・ラボには、どんなきっかけで参加されたのでしょうか?
北海道で開催されたイベントに参加したことが、最初のきっかけです。そこで家業イノベーション・ラボのことを知りました。正直、初めの頃は「何をしている団体なんだろう」と思っていました。オンラインセミナーにも参加しましたが、話していることはなんとなくわかるものの、自分たちの会社にどう結びつくのかまでは、すぐには理解できませんでした。
当時はちょうど、石田製本にとって大きな仕事がなくなり、新しい仕事をつくらなければならないと焦っていた時期でした。何か動かなければと思いながらも、会社としてどこに向かうのか、自分が何をすればいいのかは、まだ見えていませんでした。
今振り返ると、その頃は「うちの会社なんて」という気持ちがどこかにあって、少し卑屈な話し方をしていた気もします。それでも、セミナーに参加したり、先を走るアトツギの人たちと話したりするうちに、自分たちの会社にも外に出していける技術や価値があるのではないかと、少しずつ見方が変わっていきました。
参加した時点で明確な目的があったというより、会社の先行きに悩み、何かヒントを探しているなかで出会った場所でした。そこから人とのつながりが生まれ、挑戦する方向が少しずつ見えてきた、という感覚です。
――「アトツギ甲子園」に参加され、ブラッシュアップ会にも参加されていましたね。
アトツギ甲子園への参加は、自分にとって大きな転機でした。
きっかけは、テレビの取材で「アトツギ甲子園に出るんですか」と聞かれ、勢いで「出ます」と答えたことでした。最初は一人で準備をしていましたが、山ス伊藤商店・梅木さんに毎週のように壁打ちをしてもらい、家業ラボのブラッシュアップ会にも参加しました。
ファイナル進出はできませんでしたが、自分たちの事業や会社の未来について、相手に伝わる言葉で話すことの難しさを実感しました。厳しいフィードバックも含めて、準備の過程でもらった言葉や出会った人たちは、大きな財産になっています。
同時に、梅木さんが言っていた「アトツギ甲子園に出て終わりではだめだ」という言葉を受け、何か結果を残したいという気持ちが強くありました。そこで次の挑戦として参加したのが、2026年5月9日に札幌で開催された「出張!がっちりマンデー!! in 北海道」の「儲かりビジネスアワード」です。
――「出張!がっちりマンデー!! in 北海道」のピッチはいかがでしたか?
書類審査とオンライン面談を経て、最終選考に進んだ5組の一つに選ばれ、「なぜか売れる!製本屋さんが作るたった一冊のあなただけのノート!」をテーマに、石田製本の取り組みを発表しました。
そのなかで「株式会社タイミー小川社長賞」を受賞できたことは、自分たちにとって大きな手応えになりました。
小川社長から評価をいただけたことは、石田製本が積み重ねてきた製本技術だけでなく、それを新しい商品や顧客との接点に変えようとしている挑戦にも、可能性を感じてもらえたということだと思っています。
受賞後は、商談や問い合わせなど、外部からの反響も増えてきました。ただ、賞をいただいたことがゴールではありません。自分たちの取り組みが外から見ても価値のあるものだと認めてもらい、ようやくスタートラインに立てたという感覚です。
表に出ることには、今でも難しさがあります。それでも、挑戦することで、応援してくれる人や、社内で協力してくれる人がいることもわかりました。自分の言葉で会社の未来を語り、それを次の行動につなげていく。その積み重ねが、少しずつアトツギとしての覚悟にもつながっていると思います。

――その後、家業ラボでの出会いは、今村さんにどのような影響を与えましたか。
大きかったのは、先を走るアトツギの人たちと出会えたことです。
モリタ株式会社の近藤さんには、ずっと気にかけていただいてありがたい限りですし、会うたび質問攻めにしてしまっています(笑)株式会社常陸風月堂の藤田さんは、職人としての背景を持ちながら、新しい挑戦を続けています。自分より先に進んでいる人の姿は、とても刺激になりました。
――札幌で「アトツギスナック」を開催したのは、どのような思いからですか?
札幌でも、アトツギ同士がゆるく集まりながら、本音で話せる場があったらいいと思ったことがきっかけです。
勉強会のようにかしこまった場所ではなく、飲みながら、普段は話しづらい悩みや考えを共有できる。そういう関係から生まれるものもあると思っています。
自分自身、家業ラボでいろいろな人と出会い、壁打ちをしてもらったり、挑戦を後押ししてもらったりしました。今度は、自分が出会いやつながりをつくる側になりたいという気持ちもあります。
すでに第2回目の開催も決定していて、単発で終わりではなく、継続的に開催できればと考えています。札幌だけでなく、北海道の地方にいる人や、道外から来たアトツギも参加できる場にしたいです。
すぐに大きなコミュニティをつくるというよりも、困ったときに相談できる人や、一緒に何かできる仲間が少しずつ増えていく。そんなつながりを札幌で育てていきたいと思っています。

まずは、動く。出会いと挑戦が、覚悟を育てていく。
――家業イノベーション・ラボの特に良いなと感じる部分があれば教えてください。
全国のさまざまな地域や業種で挑戦しているアトツギとつながれるところが、一番の魅力だと感じています。
北海道にいると、どうしても普段接する人や情報が道内に偏りがちです。家業ラボには関東や九州をはじめ、全国に「おもしろい人」がたくさんいて、自分より何歩も先を走っている人の話を聞くことができます。
また、製造業だけでなく、食品や小売など、異なる業種の人が、家業の技術や歴史をどのように生かしているのかを知れることも刺激になります。そのまま石田製本に当てはまる事例ではなくても、「そんな考え方や進め方があるのか」と、自分たちの選択肢を広げてもらえます。
単に成功事例を聞くだけではなく、実際に相談したり、壁打ちをしてもらったりできることも大きいですね。僕自身、アトツギ甲子園の準備では、自分一人では気づけなかったことをたくさん指摘してもらいました。
外の人と話すことで、自分たちが当たり前だと思っていた技術や仕事にも、改めて価値があると気づけます。「石田製本にも、まだできることがある」と思わせてもらえる場所です。
――これから家業イノベーション・ラボに、どんな人やサポートが増えると嬉しいですか?
まずは、北海道で直接集まれる機会が定期的にあると嬉しいです。
年に一度でも、道外で挑戦しているアトツギが北海道に来て、地域を越えて交流できるイベントがあれば、オンラインとは違う出会いや動きが生まれると思います。自分でもそうした場をつくりたい気持ちはありますが、一人で企画し続けるのは大変なので、家業ラボとも一緒に育てていけたらいいですね。
また、副業人材や外部の専門家との協業についても、より具体的に学んだり、相談したりできる機会があるとありがたいです。
石田製本には、何でも社内で完結させようとするところがあります。ただ、新しい商品や事業に挑戦する際、持っていない知識や技術まで、すべて自分たちで補うのには限界があります。
副業人材の活用についてのセッションを聞いたときに、「こういう会社との関わり方もあるんだ」と驚きました。石田製本は、同じ商品を大量につくって売る会社ではありません。だからこそ、企画ごとに必要な力を持つ人と組み、一緒に価値をつくる方法は合っていると思います。
将来的には海外展開にも関心があります。海外での販売や事業づくりに知見を持つ人など、自分たちだけではなかなか出会えない人とつながれると、会社の可能性をさらに広げていけると思います。
——最後に、同じように家業を継ぐ立場の方々へメッセージをお願いします。
あまり考えすぎずに、とりあえず動いた方がいいと思います!
もちろん、動けば痛い目を見ることもあります。やってみて、うまくいかないこともあります。でも、どれだけ準備をしていても、予想できない出来事は起きます。
僕たちも、会社にとって大きな売上を占めていた仕事がなくなりました。事前にいくら考えていたとしても、その仕事をすぐに埋められるわけではありません。コロナ禍のように、自分たちではどうにもできないことも起きます。
だからといって、準備に意味がないわけではありません。ただ、完璧な準備ができるまで待っていたら、いつまでも始められないと思います。
僕自身、アトツギ甲子園に出たり、テレビに出たり、イベントを開催したりするなかで、足りないものがたくさん見えました。でも、動いたからこそ、助けてくれる人にも出会えました。社内の人が協力してくれることにも気づけました。
家業を継ぐ覚悟も、最初から完成していたわけではありません。仕事をして、人と出会い、失敗しながら、少しずつ育ってきたものです。
結局は「動いている奴が強い」と思っています。自分の会社には特別なものがない、自分なんかがアトツギと名乗っていいのだろうかと思っている人ほど、一度外に出てみてほしいです。自分たちにとって当たり前の技術や仕事が、外から見ると価値のあるものかもしれません。考えることも大切ですが、まず動く。そこから次にやるべきことが見えてくると思います。

